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青春病。  作者: 翠吉
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32/68

追われる側

放課後。

体育館へ入ると、いつもと同じようにボールを打つ音が響いていた。

ドリンクを準備し、タオルを並べる。

部員たちも普段通りアップを始めている。

それなのに、どこか落ち着かない。

きっと、みんな同じだった。

「集合。」

監督の声が体育館に響く。

部員たちがコート中央へ集まる。

私もノートを持ち、その後ろへ立った。

監督の手には、一枚の紙が握られていた。

それを見た瞬間、体育館が静かになる。

「インターハイ予選の組み合わせが決まった。」

監督がトーナメント表を広げる。

全員の視線が一斉に集まった。

「うちは第一シード。」

新人戦で優勝した私たちは、一番上の山に入っていた。

その事実を改めて突きつけられ、胸の奥が少しだけ重くなる。

「初戦は南陽高校。」

聞いたことのない学校名だった。

守屋先輩が隣にいる水谷先輩へ、少しだけ顔を寄せる。

「強いんですか?」

「新人戦はベスト8。」

水谷先輩が声を落として答えた。

監督はトーナメント表を指でなぞる。

「順当に勝ち上がれば、準決勝で東陵。」

空気が一気に引き締まる。

去年のインターハイ予選ベスト4。

新人戦でも、私たちと準決勝を戦った学校だった。

「そして決勝。」

監督の指が、トーナメント表の反対側へ移動する。

「青峰が上がってくる可能性が高い。」

誰も声を出さなかった。

去年のインターハイ静岡県予選優勝校。

そして、新人戦の決勝で私たちが倒した相手。

夏の王者と、新人戦の王者。

どちらが今の静岡で一番強いのか。

その答えは、まだ出ていない。

「楽な組み合わせではない。」

監督が全員を見渡す。

「だが、お前たちは楽な相手を求めて、ここまで練習してきたわけじゃない。」

水谷先輩が真っ直ぐ監督を見る。

守屋先輩の表情からも、昼休みまでの軽さが消えていた。

蓮先輩は静かに拳を握っている。

神谷先輩だけは、いつもと変わらない表情でトーナメント表を見つめていた。

「新人戦で優勝した以上、今度はどの学校もお前たちを倒しにくる。」

監督の声が体育館に響く。

「追う側ではない。追われる側だ。」

胸の奥が強く鳴った。

新人戦優勝。

それは自信になるだけではなく、相手から目標にされるということでもある。

「目標は一つ。」

監督が短く言う。

「優勝だ。」

「はい!」

体育館に、全員の声が響いた。

その声を聞いた瞬間、胸の奥にあった緊張が少しだけ形を変えた。

怖い。

でも、それ以上に。

この人たちが、どこまで行くのか見たい。

「練習始めるぞ。」

監督の声で、全員が一斉に動き出す。

神谷先輩がボールを手に取った。

「橘。」

「はい!」

「今日から試合を想定して記録取れ。」

「分かりました。」

ノートを開きながら、コートの外へ移動する。

開始の笛が鳴る。

いつもと同じ体育館。

いつもと同じメンバー。

でも、今日からはすべての一本が予選へ繋がっている。

そう思うと、ボールを打つ音が昨日までより少しだけ重く聞こえた。

練習が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

最後のボールをケースへ戻し、私はドリンクボトルを回収する。

「ありがとうございました!」

挨拶を終えた部員たちが、次々と体育館を出ていく。

けれど、水谷先輩たちはコートの隅に残っていた。

「橘。」

水谷先輩に呼ばれ、私は振り返る。

「少し時間ある?」

「はい。」

「悪いけど、これ記録してくれる?」

水谷先輩の手には、先ほど監督が見せたトーナメント表と数枚の資料が握られていた。

「分かりました。」

私はノートとペンを持ち、四人のもとへ向かう。

水谷先輩が床にトーナメント表を広げる。

その周りに、神谷先輩、蓮先輩、守屋先輩が腰を下ろした。

私も水谷先輩の隣に座り、ノートを開く。

「まずは初戦の南陽。」

水谷先輩が学校名を指差す。

「去年のインターハイ予選は二回戦敗退。でも、新人戦ではベスト8まで上がってる。」

「半年で結構伸びてますね。」

守屋先輩が資料を覗き込む。

「ああ。新人戦では東陵から一セット取ってる。」

「南陽の試合、見たことある人いる?」

水谷先輩の問いに、神谷先輩が答える。

「新人戦で少し。」

「どんなチームだった?」

蓮先輩が尋ねる。

「左のエースに集める。」

神谷先輩が資料に載っている背番号を指で押さえた。

「高さはない。でも、コースの打ち分けが上手い。崩れた時もほとんどこいつ。」

「じゃあ、そこを止めればいいんですね。」

私が言うと、神谷先輩が顔を上げた。

「止めるだけじゃない。」

「え?」

「打つ場所を絞る。」

神谷先輩の指が、資料に描かれたコートの左側をなぞる。

「守屋が拾いやすい場所へ打たせる。」

「なるほど。」

私は急いでノートへ書き込む。

『南陽高校。左のエース中心。コースを絞り、守屋先輩へ繋ぐ』

「任せてください。」

守屋先輩が胸を張る。

「一本目から全部上げます。」

「全部は無理だろ。」

蓮先輩が笑う。

「気持ちの話ですよ!」

「気持ちで上がるなら苦労しねぇよ。」

「蓮さん、復帰してから厳しくないですか?」

「元からだ。」

「絶対違う。」

水谷先輩が小さく笑いながら、次の学校名を指差した。

「準決勝で当たる可能性が高い東陵。」

先ほどまでの軽い空気が、少しだけ引き締まる。

「去年のインターハイ予選はベスト4。新人戦もベスト4。」

「新人戦、俺たちと当たったところですよね。」

守屋先輩が言う。

「ああ。」

水谷先輩が頷く。

「ストレートでは勝ったけど、二セット目は終盤まで競った。」

「ミドルが強かった。」

神谷先輩が短く言う。

「二年が二人。どっちも高さがある。」

「速いクイックを多く使ってきたよな。」

水谷先輩の言葉に、神谷先輩が頷く。

「真ん中を意識させて、サイドを一枚にする。」

「多分、向こうも同じこと考えてる。」

蓮先輩が資料から目を離さずに言った。

「俺に二枚付けるために、こっちのミドルを使わせにくくする。」

「最初から蓮に二枚付く可能性は高い。」

神谷先輩が答える。

「それなら、他が空く。」

蓮先輩が顔を上げる。

神谷先輩は当然のように続けた。

「だから決めろ。」

一瞬だけ、二人の視線が重なる。

蓮先輩は口元を緩めた。

「誰に言ってんだよ。」

その声に、迷いはなかった。

私は二人を見ながら、ノートへ書き込む。

『東陵高校。高さのあるミドル二人。速いクイックに注意。蓮先輩への二枚ブロックを利用する』

水谷先輩の指が、トーナメント表の反対側へ移動した。

「最後に青峰。」

体育館の空気が、さらに静かになる。

去年のインターハイ静岡県予選優勝校。

そして、新人戦の決勝で私たちが倒した相手。

「新人戦では勝った。」

水谷先輩が静かに言う。

「でも、あの時と同じだと思わない方がいい。」

「向こうも俺たちを研究してるでしょうね。」

守屋先輩の表情から、さっきまでの軽さが消える。

「新人戦で負けてから、何も変えてないわけないですし。」

「ああ。」

水谷先輩が資料を一枚めくる。

「県内で一番サーブが強い。新人戦でも、ほとんどの学校がレシーブを崩されてる。」

「決勝でもかなり狙われましたよね。」

守屋先輩が言う。

「特に前衛が三枚揃うローテーション。」

神谷先輩がトーナメント表を見つめたまま口を開く。

「サーブで崩して、ブロックを二枚揃える。」

「守屋。」

「はい。」

「青峰のサーバー、全員分確認しとけ。」

「分かりました。」

「橘も。」

「はい!」

「映像があるなら、ローテーションごとの立ち位置と狙われた選手を記録して。」

「分かりました。」

私はノートへ書き込む。

『青峰高校。強いサーブ。ローテーションごとの狙いと守備位置を確認』

「攻撃は?」

蓮先輩が尋ねる。

「エースだけじゃない。」

水谷先輩が資料に並んだ選手名を見る。

「どこからでも決められる。レシーブが乱れても、真ん中を使ってくる。」

「セッターが攻撃的。」

神谷先輩が続ける。

「こっちのブロックを見て、最後まで選択を変える。」

「面倒ですね。」

守屋先輩が小さく息を吐く。

「今さらだろ。」

蓮先輩が言った。

「全国に行くなら、もう一度倒すしかない。」

誰も否定しなかった。

去年の夏を制した青峰。

新人戦を制した私たち。

新人戦の決勝に、蓮先輩はいなかった。

怪我をしたあとも、チームは勝ち上がり、最後には青峰を倒した。

けれど、今は違う。

蓮先輩が戻り、あの時よりも全員が強くなっている。

「新人戦では、蓮がいなかった。」

神谷先輩が静かに言った。

全員の視線が、蓮先輩へ集まる。

「向こうからすれば、今の俺たちは別のチームに見える。」

水谷先輩が頷く。

「でも、警戒されるのは蓮だけじゃない。」

水谷先輩の指が、トーナメント表の上に置かれる。

「俺たちは新人戦の優勝校だ。今度は追う側じゃない。」

「追われる側ってことですね。」

守屋先輩が呟く。

「ああ。」

水谷先輩が全員を見渡す。

「去年の成績も、新人戦の結果も、もう過去だ。向こうも強くなってる。でも、それは俺たちも同じだ。」

蓮先輩が静かに拳を握る。

守屋先輩も真剣な表情で頷いた。

神谷先輩はトーナメント表を見つめたまま、短く言う。

「全部勝てばいい。」

「簡単に言いますねぇ。」

守屋先輩が苦笑する。

「でも。」

水谷先輩が笑った。

「結局、それしかないな。」

少しだけ、体育館に笑い声が広がる。

私はノートの最後に、大きく書き込んだ。

『目標、優勝』

練習はもう終わっている。

それでも四人の目は、十日後のコートを見つめていた。

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― 新着の感想 ―
主人公の結衣が、神谷先輩たちの背中を追いながらマネージャーとして少しずつ成長していく姿がとても印象的でした。 無愛想ながらも頼もしい神谷先輩をはじめ、部員たちのやり取りや、バレーのスピード感や熱気が伝…
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