変われたんだね
インターハイ予選まであと十日。
体育館には、いつも通りボールを打つ音が響いていた。
「守屋。」
「はい?」
「レシーブ一本追加。」
「えぇ!?またですか!」
守屋先輩が大げさに肩を落とす。
「蓮さん!助けてくださいよ!」
「俺に振るな。」
蓮先輩は笑いながらボールを転がした。
「最近元気だから追加。」
水谷先輩が笑う。
「理不尽っす!」
体育館は笑い声に包まれた。
私はドリンクを並べながら、その様子を見て思わず笑う。
少し前まで張り詰めていた空気が嘘みたいだった。
「橘。」
「はい?」
守屋先輩がニヤニヤしながら近付いてくる。
「最近さ。」
「神谷に名前呼ばれる回数増えたよな。」
「え!?」
思わず顔が熱くなる。
「そ、そんなことないです!」
「あるある。」
「この前も"橘"って呼ばれてたじゃん。」
「それは……記録のことです!」
「ほら照れてる。」
「違います!」
「守屋。」
低い声が飛ぶ。
全員の視線が一斉に神谷先輩へ向く。
「休憩終わり。」
「……はい。」
守屋先輩は肩をすくめた。
「助かったぁ。」
私は思わず吹き出す。
「橘。」
神谷先輩が私を見る。
「ボール。」
「あ、はい!」
私は急いでボールを渡す。
神谷先輩は一言だけ。
「ありがと。」
それだけ言うとコートへ戻っていった。
守屋先輩は私の横でニヤリと笑う。
「ほら。」
「また呼ばれた。」
「もう!」
私は顔を真っ赤にしながらボールケースを閉めた。
体育館には、また笑い声が響いた。
昼休み。
「橘。」
教室の扉から守屋先輩が顔を覗かせた。
「飯行くぞ。」
「はい!」
私はお弁当を持って立ち上がる。
「今日は中庭。」
「了解です!」
バレー部のみんなとお昼を食べるのも、すっかり日常になっていた。
中庭の日陰に着くと、みんなで円になるように座る。
「いただきます!」
「いただきます。」
守屋先輩は早速、蓮先輩のお弁当を覗き込んだ。
「うわ、今日も唐揚げじゃないですか!」
「見るな。」
「一個ください。」
「やだ。」
「ケチ。」
「毎日狙ってくるお前が悪い。」
そのやり取りにみんなが笑う。
水谷先輩も呆れたように笑った。
「守屋、自分の食べろ。」
「もう食べました。」
「早すぎるだろ。」
私は思わず吹き出した。
その時だった。
「あれ?」
聞き慣れた声が聞こえた。
振り返る。
「……葵!」
白石葵だった。
「お、葵ちゃんじゃん。」
守屋先輩が笑顔で手を振る。
「こんにちは、守屋先輩。」
「久しぶり。」
水谷先輩も軽く手を挙げた。
「最近見なかったな。」
「テストとかでちょっと忙しくて。」
「なるほどな。」
神谷先輩も一度だけ顔を上げる。
「久しぶり。」
「お久しぶりです。」
短いやり取り。
相変わらず神谷先輩らしかった。
その横で、蓮先輩だけが首を傾げる。
「……誰?」
守屋先輩が笑う。
「橘の親友。」
「ああ。」
蓮先輩は納得したように頷いた。
「初めまして。」
「三年の蓮。」
「白石葵です。」
葵は軽く頭を下げた。
「いつも結衣がお世話になってます。」
「こちらこそ。」
蓮先輩も優しく笑って返した。
葵は私とバレー部のみんなを見比べる。
「え。」
少し目を丸くした。
「結衣が……。」
一拍置いて笑う。
「バレー部とご飯食べてる。」
「え?」
私は首を傾げる。
「だって。」
葵は笑いながら言った。
「中学の結衣なら絶対こんな輪の中に入らなかったじゃん。」
その一言で、みんなの視線が私へ集まる。
「え、そうなの?」
守屋先輩が驚く。
葵は大きく頷いた。
「人見知りで、自分から話しかけるなんてほとんどなかったですよ。」
「休み時間も、基本ずっと私と二人でした。」
「へぇ。」
蓮先輩は少し驚いたように私を見る。
「今じゃ想像つかないな。」
「そ、そんなことないよ。」
私は照れくさくなって俯く。
「いや、ある。」
葵は笑う。
「今の結衣、すごく楽しそう。」
私はゆっくり顔を上げた。
守屋先輩は今日も騒いでいて。
水谷先輩は呆れながら笑っていて。
蓮先輩も自然に笑っていて。
神谷先輩は静かにお弁当を食べている。
そのいつもの光景を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
「……うん。」
「毎日、すごく楽しい。」
葵はその笑顔を見て、小さく微笑んだ。
「そっか。」
「安心した。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「おーい。」
守屋先輩が立ち上がる。
「昼休み終わるぞー!」
「やばっ!」
みんなが慌てて立ち上がる。
「じゃあね、葵!」
「うん。」
「また放課後!」
私は手を振る。
葵も笑顔で手を振り返した。
「またね、結衣。」
その笑顔を見ながら私は思った。
バレー部に入って。
私は本当に変われたんだ。




