楽しいから苦しい
体育館を出ると、夕日が校舎を赤く染めていた。
部員たちは笑いながら帰っていく。
「また明日!」
「お疲れ!」
そんな声が飛び交う中、蓮先輩だけは一人、ゆっくりと歩いていた。
私は少し迷った。
でも、気付けばその背中を追い掛けていた。
「蓮先輩。」
蓮先輩が振り返る。
「あれ、橘。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ。」
少しだけ沈黙が流れる。
私は何を話せばいいのか分からなかった。
「……今日。」
「ゲーム外れちゃいましたね。」
しまった、と思った。
言わない方がよかったかもしれない。
でも。
蓮先輩は苦笑いを浮かべた。
「そうだな。」
怒るでもなく。
誤魔化すでもなく。
静かに笑った。
「悔しいですか?」
その言葉に、蓮先輩は少しだけ空を見上げる。
「悔しい。」
「めちゃくちゃ悔しい。」
「でも。」
一度言葉を切る。
「監督の言うことも、神谷の言うことも。」
「全部正しい。」
私は黙って聞いていた。
「だから余計に悔しい。」
夕日が二人の影を長く伸ばす。
「橘。」
「はい。」
「神谷、お前に何か頼んだ?」
私は少し驚いた。
「……はい。」
「記録を。」
蓮先輩は小さく笑う。
「やっぱりな。」
「昔からあいつは。」
「見えないものまで見ようとする。」
私は思わず笑ってしまった。
「そうなんですね。」
「うん。」
少しだけ間が空く。
「だから。」
蓮先輩は私を見る。
「ちゃんと見てやって。」
「今の俺を。」
私は小さく頷いた。
「はい。」
「ちゃんと見ます。」
蓮先輩は安心したように笑う。
「ありがと。」
二人で歩き出す。
夕日が長く伸びた影を、静かな住宅街に映していた。
他愛もない話をしながら歩いていると、不意に蓮先輩が口を開いた。
「橘。」
「はい?」
「部活、楽しいか?」
突然の質問だった。
「はい!」
私は迷わず答えた。
「すごく楽しいです。」
「毎日あっという間ですし。」
「マネージャーになって、本当によかったって思ってます。」
蓮先輩は少しだけ笑う。
「そっか。」
「よかった。」
私は少し首を傾げた。
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
蓮先輩は少しだけ前を向いたまま笑う。
「いや。」
「橘見てるとさ。」
「毎日楽しそうだから。」
私は思わず笑った。
「楽しいですよ。」
「失敗もたくさんしますけど。」
「それも含めて楽しいです。」
少しの沈黙。
やがて私は、小さく聞いた。
「蓮先輩は……。」
「部活、楽しいですか?」
蓮先輩は空を見上げる。
夕日に照らされた横顔は、どこか寂しそうだった。
「楽しいよ。」
少しだけ間が空く。
「……楽しいから苦しい。」
私は言葉を失った。
「好きだから。」
「勝ちたいから。」
「失いたくないから。」
「怖くなる。」
その言葉の意味は、まだ全部は分からなかった。
でも。
蓮先輩の笑顔の奥にあるものが、ほんの少しだけ見えた気がした。




