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青春病。  作者: 翠吉
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26/50

だからだ。

「始め!」

ホイッスルが鳴り、ゲーム形式の練習が始まった。

私は脚立へ腰を下ろし、ノートを開く。

目の前には赤と白に塗り分けられたアンテナ。

神谷先輩の言葉を思い出す。

『アンテナを基準に見ろ。』

『違和感があったら全部書け。』

ラリーが続く。

「ナイス!」

「切り替え!」

守屋先輩が相手のスパイクを拾う。

神谷先輩がボールの下へ入る。

「蓮!」

トスが上がる。

蓮先輩が助走へ入る。

跳ぶ。

打点はアンテナの赤いテープ五段目付近。

『8-6 赤五段目』

私はすぐに書き込む。

次の一本。

また蓮先輩。

『14-11 赤五段目』

ゲームは終盤へ進む。

二十一対二十。

神谷先輩が再び蓮先輩へトスを上げる。

打点は赤五段目。

『21-20 赤五段目』

(まだ落ちてない……。)

私はノートから顔を上げた。

次のラリー。

相手のブロックが二枚揃う。

守屋先輩がレシーブを上げる。

神谷先輩がボールの下へ入る。

誰もが水谷先輩へ上がると思った。

でも。

「蓮!」

また蓮先輩だった。

助走。

一歩。

二歩。

三歩。

(……!)

打点が一瞬低く見えた。

スパイクはブロックに捕まり、そのままコートへ叩き落とされた。

私はすぐにノートへ書き込む。

『23-23 赤四段目』

「ドンマイ!」

守屋先輩がすぐに声を掛ける。

蓮先輩も笑って手を挙げる。

「悪い。」

私はノートへ目を落とした。

『23-23 赤四段目』

やっぱり。

勝負所だけ。

一段落ちる。

それなのに。

次の一本。

神谷先輩はまた蓮先輩へトスを上げた。

(なんで……。)

もう分かっているはずなのに。

どうして。

水谷先輩じゃない。

他のスパイカーでもない。

神谷先輩は、迷わず蓮先輩を選ぶ。

私はボールではなく、神谷先輩を見ていた。

その目には迷いがなかった。

ただ。

信じている。

それだけだった。


私はまだ知らなかった。

神谷先輩が、どうしてそこまで蓮先輩を信じ続けるのかを。

ピーッ。

監督の笛が鳴る。

「そこまで!」

「ありがとうございました!」

ゲームが終わり、部員たちは一斉に整列した。

「今日はここまで。」

監督の一言で、部員たちは片付けを始める。

「守屋、そのネット頼む。」

「はい!」

「水谷、ボール数確認。」

「了解。」

いつも通りの光景。

蓮先輩も笑いながらボールを拾っていた。

さっきまでブロックに止められていたとは思えないくらい、普段通りだった。

でも。

私のノートには残っている。

『23-23 赤四段目』

あの一瞬だけ落ちた打点。

「蓮。」

監督が静かに呼んだ。

蓮先輩の手が止まる。

「はい。」

「少し来い。」

短いやり取り。

体育館の端へ二人が歩いていく。

誰も気にしていない。

守屋先輩は水谷先輩と笑いながらネットを外している。

神谷先輩だけが、一度だけその背中へ目を向けた。

私は思わずノートを胸に抱えた。

監督は腕を組み、蓮先輩を真っ直ぐ見つめる。

「お前、自分で気付いてるな。」

蓮先輩は少しだけ目を伏せた。

「……はい。」

監督は静かに続ける。

「勝負所になると、跳べていない。」

体育館の音だけが響く。

しばらく沈黙が続いた。

やがて蓮先輩は、小さく笑った。

「分かってます。」

その笑顔は、今まで見てきた笑顔とは違っていた。

苦しさを隠そうとしている笑顔だった。

「怪我は治ってる。」

「はい。」

「じゃあ、何が怖い。」

その一言で。

蓮先輩の表情が止まった。

長い沈黙。

やがて、小さな声が漏れる。

「……また、あの時みたいになるのが怖いです。」

「踏み切る瞬間になると。」

「勝手に体が止まるんです。」

「頭では跳べるって分かってるのに。」

「足が、動いてくれない。」

監督は何も責めなかった。

ただ、小さく頷く。

「そうか。」

その一言だけだった。

「蓮。」

「はい。」

「今のお前を、このままゲームに出しても。」

「苦しむのはお前だ。」

蓮先輩は静かに俯いた。

「しばらくゲームから外れる。」

私は思わず息を呑んだ。

「その代わり。」

監督は真っ直ぐ蓮先輩を見る。

「跳ぶことだけ考えろ。」

「決めなくていい。」

「まずは、もう一度思い切り跳べ。」

蓮先輩はゆっくりと顔を上げる。

「……はい。」

その返事は小さかった。

でも。

逃げるような返事ではなかった。


体育館を出ると、夕日が校舎を赤く染めていた。

部員たちは笑いながら帰っていく。

「また明日!」

「お疲れ!」

そんな声が飛び交う中、蓮先輩だけは一人、ゆっくりと歩いていた。

私は少し離れた場所から、その背中を見つめる。

いつもなら守屋先輩と並んで帰るはずなのに。

今日は誰とも話さない。

「蓮。」

低い声が聞こえた。

振り返ると、神谷先輩だった。

蓮先輩は足を止める。

神谷先輩は何も言わず、一つのボールを蓮先輩へ投げた。

パシッ。

蓮先輩は反射的に受け取る。

「明日。」

それだけだった。

「……え?」

「練習終わったら来い。」

短い一言。

神谷先輩はそのまま歩き出す。

「おい。」

蓮先輩が呼び止める。

神谷先輩は振り返らない。

「俺、ゲーム外されたぞ。」

少しだけ自嘲するような声だった。

神谷先輩は立ち止まる。

「だからだ。」

その一言だけ。

再び歩き出す。

蓮先輩は手の中のボールを見つめる。

強く握る。

「……ほんと。」

小さく笑った。

「厳しいな。」

その笑顔は、悔しさを隠した笑顔だった。

私は二人の背中を見つめながら思った。

神谷先輩は、励ましているわけじゃない。

慰めてもいない。

それでも。

誰よりも蓮先輩を信じている。

そんな気がした。

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