見つけた
翌日。
「お願いします!」
いつも通り体育館に声が響く。
私はドリンクを並べながら、自然と蓮先輩へ目を向けた。
昨日までと変わらない。
守屋先輩と笑っている。
水谷先輩とも普通に話している。
(昨日のこと、本当にあったんだよね……。)
そう思っていると、蓮先輩がこちらへ歩いてきた。
「あ。」
目が合う。
「おはよう。」
柔らかい笑顔だった。
「あ、おはようございます!」
少しだけ緊張する。
「橘だっけ?」
「はい。」
「合宿の時はいなかったから、ちゃんと話すの初めてだな。」
「そうですね。」
蓮先輩は笑う。
「凛太郎から聞いた。」
「マネージャー、頑張ってるって。」
思わず目を丸くした。
「え……?」
神谷先輩が。
そんなことを。
「……本当ですか?」
「俺に嘘ついてどうすんだよ。」
蓮先輩は笑いながら肩をすくめた。
「ちゃんと見てくれてるよ。」
その言葉だけで、胸が少し熱くなる。
「ありがとうございます。」
私は小さく頭を下げた。
「でも。」
蓮先輩はコートの方を見る。
「凛太郎、褒めるの下手だからな。」
思わず笑ってしまう。
「確かに。」
「だろ?」
二人で笑う。
その時だった。
「蓮。」
低い声が飛ぶ。
振り向くと、神谷先輩がボールを持って立っていた。
「始めるぞ。」
「はいはい。」
蓮先輩は苦笑いしながら歩き出す。
すれ違いざま、小さな声で言った。
「まあ、あいつなりの優しさだから。」
私は神谷先輩の背中を見る。
相変わらず表情は変わらない。
でも。
少しだけ。
昨日までとは違って見えた。
「橘。」
守屋先輩が手を叩く。
「ぼーっとしてる。」
「あっ、すみません!」
慌ててボールを取りに走る。
体育館には、いつもの笑い声が戻っていた。
でも私はまだ知らない。
あの二人が、昨日どんな話をしていたのか。
練習が始まって一時間ほど経った。
「休憩。」
監督の声で部員たちが水分補給へ向かう。
私はドリンクを並べながら、一人ひとりへボトルを渡していく。
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
次々とボトルが減っていく。
最後に神谷先輩が歩いてきた。
「橘。」
「はい。」
「ノート持ってるか。」
突然の言葉だった。
「持ってます。」
「出せ。」
私は慌ててバッグからノートを取り出す。
神谷先輩はページを一枚開く。
「今日から一つ、記録を付けろ。」
「記録……ですか?」
「ああ。」
「何をですか?」
神谷先輩はコートへ視線を向けた。
その先では、蓮先輩が守屋先輩と笑いながら話している。
「ゲームの時だけ脚立に座れ。」
「……脚立ですか?」
「ああ。」
「アンテナを基準に見ろ。」
「アンテナ……。」
「蓮の打点が、アンテナの赤いテープ何段目まで来ているか見ろ。」
「違和感があったら全部書け。」
理由は教えてくれない。
神谷先輩はそれ以上何も言わなかった。
「でも……。」
「私にできますか?」
神谷先輩は少しだけ私を見た。
「お前なら見える。」
その一言だった。
私はノートを胸に抱え、小さく頷く。
「……はい。」
神谷先輩は歩き出す。
数歩進いたところで足を止めた。
「橘。」
「はい。」
「脚立から落ちるなよ。」
「ブロックに当たったボール、飛んでくる。」
「……はい!」
神谷先輩はそれだけ言うと、コートへ戻っていった。
ゲーム形式の練習が始まる。
私は脚立へ腰を下ろした。
ネットと目線がほぼ同じ高さになる。
目の前には赤と白に塗り分けられたアンテナ。
(ここを基準に見るんだ……。)
神谷先輩のトスが上がる。
蓮先輩が助走へ入る。
跳ぶ。
打点はアンテナの赤いテープ五段目付近。
私はノートへ書く。
『12-10 赤五段目』
次の一本。
『18-16 赤五段目』
ゲームは終盤へ進む。
二十四対二十四。
神谷先輩が迷わず蓮先輩へトスを上げた。
蓮先輩が跳ぶ。
(……あ。)
打点はアンテナの赤いテープ四段目付近だった。
私は静かに書き込む。
『24-24 赤四段目』
その日の練習が終わった。
家へ帰ると、私はすぐノートを開いた。
前の日のページ。
『23-23 赤四段目』
さらに前の日。
『24-24 赤四段目』
私は何度もページをめくる。
『12-10 赤五段目』
『18-16 赤五段目』
『24-24 赤四段目』
『9-8 赤五段目』
『17-15 赤五段目』
『23-23 赤四段目』
「……。」
私はゆっくり息を呑んだ。
勝負所だけ。
アンテナ一段分。
打点が落ちている。
その時、神谷先輩の言葉が頭をよぎった。
『違和感があったら全部書け。』
「あ……。」
思わず声が漏れた。
これが、神谷先輩の言っていた違和感。
私はノートを閉じ、小さく呟いた。
「やっと……見つけた。」




