確信へ変わる違和感
放課後。
体育館へ入ると、すでに練習が始まっていた。
「お疲れ様です!」
挨拶を済ませ、私はいつものようにドリンクの準備を始める。
「今日はゲーム形式でやる。」
監督の声が響く。
部員たちが二つのチームに分かれ、それぞれコートへ入った。
蓮先輩は神谷先輩と同じコート。
私は自然とそのコートへ目が向く。
ホイッスルが鳴る。
ラリーが始まった。
守屋先輩がレシーブを上げる。
神谷先輩がボールの下へ入る。
相手ブロックが中央へ寄った。
「蓮!」
トスが上がる。
蓮先輩が跳ぶ。
鋭いスパイク。
「ナイス!」
一本目は綺麗に決まった。
(やっぱりすごい……。)
ラリーは続く。
何本目だっただろう。
相手のレシーブが乱れ、チャンスボールになる。
神谷先輩が迷わずトスを上げた。
「蓮!」
相手ブロックはまだ一枚。
決め切れる。
誰もがそう思った。
蓮先輩が助走へ入る。
一歩。
二歩。
三歩。
その瞬間だった。
ほんのわずかに踏み切りが浅く見えた。
打点が少し低い。
ボールはブロックに当たり、そのままコートへ落ちる。
「ドンマイ!」
守屋先輩がすぐ声を掛ける。
「悪い。」
蓮先輩は笑って手を挙げた。
空気は変わらない。
次のラリーが始まる。
でも。
私はさっきの一本が頭から離れなかった。
(今の……。)
神谷先輩は何も言わない。
次のラリーでも、また蓮先輩へトスを上げる。
一本。
また一本。
何度も託す。
蓮先輩も応えようとする。
練習が終わる頃には、誰よりも多くボールを打っていたのは蓮先輩だった。
「集合。」
監督の声で全員が集まる。
「今日はここまで。」
部員たちが片付けを始める。
私はボールを拾いながら、さっきの一本を思い返していた。
「橘。」
振り向くと、水谷先輩がボールケースを押していた。
「はい。」
「今日、どうだった。」
急な質問だった。
「……一本だけ。」
水谷先輩は黙って続きを待つ。
「決められそうだったのに、決めきれなかった場面がありました。」
「そこか。」
水谷先輩は小さく頷く。
「他は?」
私は首を横に振る。
「それだけです。」
「そうか。」
それ以上、水谷先輩は何も言わなかった。
体育館の出口へ向かう途中。
私は前を歩く蓮先輩の背中を見る。
守屋先輩と楽しそうに笑っている。
本当に、何も変わらないように見える。
それなのに。
神谷先輩だけは、その背中から一度も目を離さなかった。
翌日。
「お願いします!」
いつも通り練習が始まる。
私はドリンクを並べながら、自然と蓮先輩へ目が向いてしまう。
(今日は……。)
昨日よりも、少しだけ意識して見ていた。
アップ。
レシーブ。
ブロック。
どれも変わらない。
蓮先輩は相変わらず笑顔で、守屋先輩や水谷先輩と話している。
「ゲーム。」
監督の声が響く。
部員たちがコートへ散る。
試合形式の練習が始まった。
ラリーが続く。
「ナイス!」
「もう一本!」
守屋先輩の声が響く。
神谷先輩がボールの下へ入る。
「蓮!」
トスが上がる。
蓮先輩が助走へ入る。
一歩。
二歩。
三歩。
高く跳び、鋭く打ち抜く。
「ナイス!」
一本目。
綺麗に決まる。
その後も何本か続いた。
どれも力強いスパイクだった。
(やっぱり昨日は気のせいだったのかな……。)
そう思い始めた、その時だった。
相手のブロックが遅れる。
完全なチャンスボール。
神谷先輩は迷わず蓮先輩へトスを上げた。
「蓮!」
誰が見ても決まる一本。
蓮先輩は助走へ入る。
一歩。
二歩。
三歩。
ほんの一瞬。
踏み切る前に、体が止まったように見えた。
打点が少し下がる。
スパイクはブロックに触れ、そのままコートの外へ落ちた。
「ドンマイ!」
守屋先輩がすぐに声を掛ける。
「悪い!」
蓮先輩は笑って手を挙げる。
次のラリーが始まる。
でも。
神谷先輩だけは、蓮先輩から目を離さなかった。
その後もゲームは続く。
神谷先輩は何度も蓮先輩へトスを上げる。
一本決まる。
また一本決まる。
それでも、決定的な場面になると、さっきと同じ違和感がほんの一瞬だけ現れる。
私には、それが何なのか分からない。
練習終了の笛が鳴る。
「ありがとうございました!」
部員たちが片付けを始める。
「いやー、疲れた。」
守屋先輩がタオルで汗を拭きながら笑う。
「でも蓮さん、やっぱすげぇな。」
「ブランクなんて全然感じなかった。」
「だな。」
近くで部員たちも頷く。
「さすがエース。」
「安心したわ。」
蓮先輩は照れくさそうに笑う。
「まだまだだよ。」
その笑顔は、どこから見てもいつもの蓮先輩だった。
私は思わず水谷先輩を見る。
水谷先輩は腕を組んだまま、黙って蓮先輩を見つめている。
神谷先輩も何も言わない。
ただ静かにボールを片付けていた。
(やっぱり……。)
気のせいじゃない。
私が見たものを、この二人も見ている。
そんな気がした。
でも、その違和感の正体だけは、まだ誰も口にしなかった。




