見え始めた違和感
放課後。
体育館にはいつも通りボールを打つ音が響いていた。
昨日と変わらない景色。
昨日と変わらない練習。
それなのに、私の頭の中だけは違った。
(あの違和感……。)
ドリンクを並べながら、自然と蓮先輩を目で追ってしまう。
レシーブ。
ブロック。
トス。
どれも問題ない。
笑顔もある。
仲間とも普通に話している。
昨日感じた違和感なんて、どこにもなかった。
(やっぱり気のせいだったのかな。)
そう思っていると、神谷先輩の声が飛ぶ。
「橘。」
「はい!」
「ボール。」
「あ、はい!」
慌ててボールを渡す。
神谷先輩はいつも通り練習を進めていく。
蓮先輩も、いつも通りスパイクを決める。
私は何度も首を傾げた。
結局、その日は何も分からないまま練習が終わった。
「ありがとうございました!」
片付けが始まる。
私はドリンクをまとめながら、水谷先輩の方へ歩いた。
「あの……。」
「ん?」
「昨日なんですけど。」
水谷先輩の手が止まる。
「蓮先輩。」
その名前を出した瞬間、水谷先輩の表情が少しだけ変わった。
「何か、気になったことありませんでしたか?」
少しだけ沈黙が流れる。
水谷先輩はボールをケースへ入れながら、小さく息を吐いた。
「……気付いたか。」
その一言に、胸がざわつく。
「やっぱり何かあったんですか?」
水谷先輩はすぐには答えなかった。
ケースの蓋を閉め、静かに立ち上がる。
「気のせいかもしれない。」
「え?」
「俺も、まだ分からない。」
それだけ言うと、水谷先輩は歩き出した。
「でも。」
足を止めずに続ける。
「お前が感じたなら、それはちゃんと見てたってことだ。」
私は何も言えなかった。
「見えるようになってきた証拠だ。」
そう言って、水谷先輩は更衣室へ入っていく。
一人残された私は、静かな体育館を振り返った。
(見えるようになってきた……。)
嬉しいはずなのに、胸の奥は少しだけ苦しかった。
あの違和感の正体を知りたい。
そんな気持ちが、昨日よりも強くなっていた。
部活を終え、校門を出る。
夕日が校舎を赤く染めていた。
肩に掛けたバッグを少し持ち直しながら、ゆっくりと歩く。
ふと立ち止まり、バッグの中からノートを取り出した。
合宿から書き続けている、一冊のノート。
私は新しいページを開く。
『朝倉 蓮』
名前を書いたところで、ペンが止まる。
今日の練習を思い返す。
レシーブも上手い。
ブロックも速い。
スパイクも決まる。
みんなが言っていた通り、エースと呼ばれる理由が分かる選手だった。
それでも。
助走に入る一瞬。
何かが引っかかった。
『踏み切り……?』
書いてみる。
でも、違う気がした。
私はその文字を一本線で消した。
『気のせいかも。』
そう書き足して、ペンを閉じる。
水谷先輩の言葉が頭をよぎった。
『お前が感じたなら、それはちゃんと見てたってことだ。』
ノートをバッグへしまい、もう一度歩き出す。
夕日に照らされた長い影が、前へ伸びていた。
「……もっと見えるようになりたい。」
小さく呟く。
その答えは、まだ見つからなかった。




