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青春病。  作者: 翠吉
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新章 エースの帰還

月曜日。

合宿が終わって最初の登校日。

授業を終え、私は急いで体育館へ向かった。

「失礼します!」

扉を開けると、いつも通りボールを打つ音が響いていた。

「お、橘。」

守屋先輩が軽く手を挙げる。

「お疲れ様です!」

水谷先輩も「お疲れ」と短く返してくれる。

私は荷物を置き、ドリンクの準備を始めた。

その時だった。

コートの端に、一人だけ見慣れない先輩が立っていた。

長身で、すらっとした体格。

短く整えられた黒髪。

誰かと笑いながら話している。

(……誰だろう。)

三年生、だよね。

合宿にはいなかったはず。

すると監督が手を叩いた。

「全員、一回集まれ。」

部員たちがコート中央へ集まる。

私も少し後ろから見守る。

監督は、その先輩へ目を向けた。

「今日から練習に戻る。」

体育館が少し静かになる。

「朝倉蓮だ。」

その名前を聞いた瞬間、思わず顔を上げた。

(この人が……。)

何度も名前だけ聞いてきた。

神谷先輩と並ぶ三年生。

チームのエース。

去年の新人戦で怪我をした人。

蓮先輩は一歩前へ出る。

「朝倉蓮です。」

少し照れくさそうに頭をかきながら笑う。

「またよろしく。」

想像していたより、ずっと柔らかい笑顔だった。

「よし。」

監督が全員を見渡す。

「練習始めるぞ。」

部員たちが一斉に動き出す。

蓮先輩も自然と輪の中へ入っていった。

私はその背中を見つめる。

怪我は治った。

監督もそう言っていた。

今日から練習にも戻る。

それなのに。

『まだ復帰はさせない。』

あの言葉だけが、頭から離れなかった。


「アップ終わり!次、スパイク。」

監督の声が体育館に響く。

部員たちがそれぞれのコートへ散っていく。

私はボールカゴを運びながら、自然と蓮先輩へ目がいった。

守屋先輩と笑いながら話している。

水谷先輩も何か声を掛け、蓮先輩は笑って頷いていた。

合宿で何度も名前を聞いていた人。

もっと近寄りがたい人なのかと思っていたけれど、全然違った。

「橘。」

「はい!」

神谷先輩に呼ばれ、慌ててボールを渡す。

「こっち。」

「はい。」

スパイク練習が始まる。

神谷先輩のトスに合わせ、スパイカーたちが次々と跳ぶ。

鋭い音が体育館へ響く。

私は自然とボールではなく、選手たちの動きを見るようになっていた。

(今のはブロックを引きつけて……。)

合宿前なら分からなかったことが、少しずつ見える。

「次。」

監督の声が響く。

蓮先輩がコートへ入った。

私は思わず背筋を伸ばす。

神谷先輩がボールを持つ。

蓮先輩はゆっくり助走の位置へ下がった。

一度深呼吸をする。

神谷先輩のトスが上がる。

綺麗な放物線。

蓮先輩が助走へ入る。

一歩。

二歩。

三歩。

その瞬間。

ほんの一瞬だけ、動きが止まったように見えた。

踏み切りはした。

けれど、他の選手より少しだけ低い。

スパイクは相手コートへ決まる。

「ナイス。」

神谷先輩はいつも通り短く言う。

蓮先輩も笑って親指を立てた。

周りの部員も、誰一人気にした様子はない。

(……気のせい?)

もう一度、蓮先輩を見る。

次の一本。

また同じように助走へ入る。

今度は何も違和感はない。

高く跳び、力強く打ち込む。

私は小さく首を傾げた。

「橘。」

守屋先輩が近くへ来る。

「ぼーっとしてる。」

「あっ、すみません!」

慌ててボールを拾いに走る。

その横で、蓮先輩は楽しそうに笑いながら練習を続けていた。

さっき見えた違和感は、もうどこにもなかった。

(……やっぱり、気のせいだったのかな。)

そう思いながらも、その一瞬だけ止まった助走が、なぜか頭から離れなかった。


「今日はここまで!」

監督の声が響き、部員たちが一斉に動き始める。

私はボールをケースへ戻しながら、さっきの蓮先輩のスパイクを思い返していた。

(気のせい……だよね。)

片付けを終え、更衣室へ向かう廊下を歩く。

「やっぱ蓮さん帰ってくると違うな。」

守屋先輩が大きく伸びをした。

「ブランクあるとは思えなかった。」

「そうだな。」

水谷先輩も短く返す。

「やっぱエースはエースだよ。」

「安心したわ。」

私も思わず頷いた。

「私もそう思いました。」

「すごく普通でしたよね。」

守屋先輩が笑う。

「普通どころか、相変わらず化け物だった。」

その言葉にみんなが笑う。

……一人を除いて。

水谷先輩だけが黙って歩いていた。

私はその横顔を見る。

どこか考え込んでいるようだった。

少し前を歩く神谷先輩も、一度も口を開かない。

守屋先輩が二人を見る。

「どうした?」

「いや。」

水谷先輩は短く返すだけだった。

神谷先輩も何も言わない。

ただ前を向いたまま歩き続ける。

私は胸の奥が少しだけざわついた。

(やっぱり……。)

練習中に感じた、ほんの一瞬の違和感。

気のせいだと思っていた。

でも。

神谷先輩と水谷先輩も、何かに気付いている。

そう思うと、あの一瞬が頭から離れなくなった。

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