それぞれの場所へ
「以上。」
監督の一言で、最後のミーティングは終わった。
誰もすぐには立ち上がらない。
それぞれが、この数日間を思い返しているようだった。
「よし、片付けるぞ。」
監督の声で、ようやく全員が動き出す。
会議室を出ると、他校の選手たちもそれぞれ帰る準備を始めていた。
荷物をまとめ、体育館の前へ集まる。
「最後に写真撮るぞー!」
長野県の監督が声を張る。
「おー!」
各校の選手たちが笑いながら集まってくる。
ライバル同士だったはずなのに、今では自然と肩を並べていた。
「神谷!こっち来いよ!」
東京代表のセッターが手を振る。
神谷先輩は少しだけ面倒そうな顔をしながら歩いていく。
「相変わらず愛想ねぇな。」
「お前がうるさいだけだ。」
「最後くらい笑えよ。」
「断る。」
周りから笑いが起こる。
「次は負けねぇから。」
東京のセッターが真っ直ぐ神谷先輩を見る。
神谷先輩もその視線を受け止めた。
「その前に勝ち上がれ。」
「言ってくれるな。」
「事実だ。」
「……ほんと変わんねぇ。」
そう言いながらも、東京の選手は笑っていた。
二人は軽く拳を合わせる。
その姿を見て、私は少し驚いた。
(他県にも、あんな人がいるんだ。)
試合中とは違う表情。
強いチーム同士だからこそ分かり合える空気が、そこにはあった。
「橘。」
守屋先輩が隣へ来る。
「見た?」
「はい。」
「ああやって毎年集まってさ。」
「ライバルなのに仲いいんですね。」
「仲いいっていうか。」
守屋先輩は神谷先輩たちを見る。
「また勝負する相手だから。」
その言葉に、少しだけ鳥肌が立った。
写真撮影が終わる。
「ありがとうございました!」
各校の選手たちが声を掛け合う。
握手を交わす者。
連絡先を交換する者。
またな、と手を振る者。
それぞれが、それぞれの場所へ帰っていく。
私たちも荷物を持ち、バスへ向かった。
体育館を振り返る。
この数日間、毎日のように見ていた景色。
もう来ることはないと思うと、少しだけ寂しかった。
「橘。」
守屋先輩が笑う。
「乗り遅れるぞ。」
「あっ、はい!」
私は慌てて荷物を抱え、みんなの後を追いかけた。
バスのドアが開く。
合宿が、本当に終わろうとしていた。
バスへ荷物を積み込み、それぞれが席へ着く。
エンジンがかかると、数日間過ごした合宿所がゆっくりと遠ざかり始めた。
私は窓の外を眺めながら、小さく息を吐く。
「終わっちゃいましたね。」
隣に座る守屋先輩が、大きく背伸びをする。
「だなぁ。」
「なんか、あっという間でした。」
「毎年そう思う。」
守屋先輩は笑いながらペットボトルの蓋を開けた。
通路を挟んだ向こうでは、水谷先輩が静かに目を閉じている。
「橘。」
「はい?」
「どうだった?初めての合宿。」
少しだけ考える。
最初は緊張しかなかった。
何をしたらいいのかも分からなかった。
でも今は。
「すごく楽しかったです。」
そう答えると、守屋先輩が嬉しそうに笑った。
「ならよかった。」
「でも、まだまだ全然です。」
「最初は試合も何が何だか分からなかったですし。」
守屋先輩が小さく笑う。
「今は?」
「少しだけですけど……見えるようになった気がします。」
その言葉に、水谷先輩が目を開けた。
「ちゃんと見てたもんな。」
「午後の練習から、変わった。」
「ありがとうございます。」
照れくさくなって俯く。
守屋先輩がニヤッと笑った。
「神谷さんに鍛えられたな。」
「もう、やめてください。」
思わず苦笑いする。
「事実じゃん。」
「夜まで付き合ってもらってたし。」
「だから違いますって。」
二人が笑う。
その空気につられて、私も笑ってしまった。
ふと、何気なく後ろを振り返る。
一番後ろの席。
神谷先輩が一人、窓の外を見つめていた。
イヤホンもしていない。
眠っているわけでもない。
ただ静かに流れていく景色を眺めている。
(何考えてるんだろう……。)
その瞬間だった。
神谷先輩がゆっくりこちらを向く。
目が合う。
思わず息が止まる。
私は慌てて前を向いた。
心臓だけが、少し早くなる。
守屋先輩は何も言わない。
ただ小さく笑って、窓の外へ視線を戻した。
バスは高速道路へ入り、景色が少しずつ流れていく。
体育館も、合宿所も、もう見えなかった。
この数日間で得たものは、きっと簡単には消えない。
そう思いながら、私は窓の外へ目を向けた。
合宿は終わった。
でも、本当のスタートは、ここからだった。




