合宿最終日。そしてここから
翌朝。
合宿最終日。
昨日までと変わらないはずの体育館なのに、どこか空気が違って感じた。
「おはようございます!」
部員たちが次々と集まり、アップの準備を始める。
私もドリンクを並べながらコートへ目を向けた。
「お。」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「おはようございます、守屋先輩。」
「昨日、遅かったね。」
「……え?」
一瞬、何のことか分からなかった。
守屋先輩はニヤッと笑う。
「体育館。」
その一言で、昨日の夜が頭によみがえった。
思わず肩が跳ねる。
「な、なんで知ってるんですか!?」
「見ちゃった。」
悪びれる様子もなく笑う。
「飲み物取りに行こうと思って歩いてたらさ。」
「神谷さんと二人でいたじゃん。」
「ち、違います!」
思わず声が大きくなる。
周りの部員が何事かとこちらを見る。
「サーブを見せてもらってただけです!」
「へぇ〜。」
守屋先輩は面白そうに頷く。
「サーブ”だけ”?」
「本当にそれだけです!」
顔が熱くなる。
そんな私を見て、守屋先輩は楽しそうに笑っていた。
「守屋。」
低い声が飛ぶ。
振り向くと、神谷先輩が荷物を置きながらこちらを見ていた。
「アップ始めるぞ。」
「あ、はいはい。」
守屋先輩は肩をすくめながら歩き出す。
私の横を通り過ぎる時、小さな声で囁いた。
「でもさ。」
「……?」
「神谷さん、あんな遅くまで誰かに付き合う人じゃないよ。」
「え……?」
思わず神谷先輩の方を見る。
神谷先輩はもうこちらを見ていない。
何事もなかったようにボールを手に取り、アップの準備をしていた。
「守屋。」
「早く来い。」
「あ、やば。」
守屋先輩は笑いながら返事をする。
そのままコートへ入る直前、もう一度だけ私を見た。
「よかったな。」
「え?」
「少しは認められたってことだ。」
そう言い残し、守屋先輩は走っていった。
私はその場に立ち尽くしたまま、神谷先輩の背中を見つめる。
昨日の、ほんの一瞬だけ見せた笑顔が頭をよぎる。
(認められた……。)
その言葉だけで、不思議と胸が少しだけ温かくなった。
「集合。」
監督の声が体育館に響く。
全員が一斉に集まる。
いよいよ、合宿最後の一日が始まった。
「よろしくお願いします!」
合宿最後の練習試合。
相手は愛知県ベスト8。
ここまで安定した戦いを続けてきた実力校だった。
ホイッスルが鳴る。
試合開始。
立ち上がりから、こちらの動きは昨日までとは違っていた。
守屋先輩が相手エースのスパイクを拾う。
そのまま素早く体勢を立て直し、次のカバーへ入る。
昨日、神谷先輩に何度も言われていた動きだった。
神谷先輩がボールの下へ滑り込む。
相手ブロックが中央へ寄る。
次の瞬間。
水谷先輩の前へ、吸い込まれるようなトスが上がった。
迷いのない踏み込み。
高い打点。
鋭く振り抜かれたボールが、ブロックアウトを取る。
「ナイス。」
神谷先輩の短い一言。
水谷先輩は小さく頷くだけで、自分のポジションへ戻っていく。
そのやり取りに、私は思わず目を奪われた。
一本決まるたびに、神谷先輩は次の一本を見ている。
誰も浮かれない。
誰も止まらない。
流れは完全にこちらへ傾いた。
センターのクイック。
ライトからの速攻。
バックアタック。
神谷先輩のトスに合わせ、全員が迷いなく跳ぶ。
昨日まで何度も繰り返した練習が、そのまま試合になっているようだった。
私はコートの外から、その一つひとつを目で追う。
(今……。)
相手ブロックが中央へ寄る。
神谷先輩は最後まで正面を向いたまま、手首だけで水谷先輩へトスを流した。
ブロックの移動が一瞬遅れる。
その隙を、水谷先輩が迷いなく打ち抜く。
(ブロックを引きつけた。)
昨日なら分からなかった。
今は少しだけ見える。
どうして決まったのか。
何を狙っていたのか。
少しずつ分かるようになっていた。
試合は終始こちらのペースだった。
相手に流れを渡すことなく、点差を広げていく。
最後は、水谷先輩のバックアタックがコートへ突き刺さった。
ピーッ。
試合終了。
「ありがとうございました!」
全員で一礼する。
合宿最後の練習試合。
結果はストレート勝ち。
体育館を後にし、全員で会議室へ向かった。
静かなまま席へ着く。
監督が前へ立った。
部屋をゆっくり見渡し、静かに口を開く。
「お疲れ。」
その一言だけだった。
少しだけ空気が和らぐ。
監督は腕を組んだ。
「最後の試合。」
「内容は悪くなかった。」
誰も声を出さない。
「守屋。」
「はい。」
「昨日言ったカバー。最後まで意識できていた。」
「はい。」
「水谷。」
「はい。」
「一本目から勝負できていたな。」
「はい。」
監督は小さく頷く。
「だが。」
部屋の空気が引き締まる。
「これで満足するな。」
「今日勝てたのは、この合宿で積み重ねてきたものが出せただけだ。」
「強いチームは、一回できたことで満足しない。」
監督の視線が、一人ひとりへ向く。
「帰れば、また一からだ。」
「今日できたことを、明日もできるようにしろ。」
少しだけ間を置く。
「そして。」
誰も目を逸らさない。
「蓮が戻ってきた時。」
部屋が静まり返る。
「『蓮がいれば勝てる』じゃない。」
「『蓮がいても、自分たちの力で勝てる』」
「そう思えるチームになれ。」
監督はゆっくり頷いた。
「以上。」
誰もすぐには立ち上がらなかった。
合宿は終わる。
けれど、本当の勝負は、ここから始まる。




