今年最後の夏空の下で
自動ドアが開く。
冷たい空気が私たちを包む。
この五人で帰れる日が、あと何回あるのかは分からない。
でも。
まだ終わりじゃない。
春高まで。
卒業まで。
この人たちと過ごせる時間は、まだ残っている。
だから今は。
その一日一日を。
何度でも笑って。
何度でも一緒に帰りたい。
そう思いながら。
私はみんなの後を追って、コンビニの中へ入った。
「涼しぃ……。」
守屋先輩が大きく息を吐く。
「ずっとここにいたい。」
「邪魔になるから早く選べ。」
神谷先輩が冷静に返す。
「代表候補に冷たくないですか?」
「代表候補だからって、コンビニに住めるわけじゃない。」
「住もうとはしてないです。」
「今、ずっといたいって言っただろ。」
「気持ちの話です。」
「また気持ち。」
蓮さんが笑う。
守屋先輩は真っ先にアイス売り場へ向かっていった。
「結衣。」
「はい?」
「これ。」
守屋先輩が青い袋のアイスを差し出す。
見覚えのある色だった。
「嫌です。」
「まだ何も言ってない。」
「炭酸味ですよね。」
「よく覚えてるじゃん。」
「舌が青くなったので。」
「今日はみんなで青くしよう。」
「巻き込まないでください。」
水谷先輩が隣から覗き込む。
「守屋、それ買うの?」
「迷ってます。」
「さっき絶対勧めてたじゃん。」
「自分で食べるとなると慎重になります。」
「何なんだよ。」
私は笑いながら別のアイスへ手を伸ばした。
すると。
「あ。」
守屋先輩が突然声を上げる。
「何。」
蓮さんが振り返る。
守屋先輩はアイスを持ったまま、入口の方を見ていた。
レジの横。
地域のお知らせが並んでいる掲示板に、色鮮やかなポスターが貼られている。
赤い提灯。
屋台。
夜空に上がる大きな花火。
『今年最後の納涼夏祭り』
その下には、来週の日曜日の日付が書かれていた。
「夏祭り。」
私が呟く。
守屋先輩はポスターへ近付く。
「来週の日曜じゃないですか。」
「今年最後だって。」
水谷先輩も日付を確認する。
「本当だ。」
守屋先輩はしばらくポスターを見つめていた。
それから。
何かを思い付いたように、私たちを振り返る。
「これ。」
「バレー部みんなで行きません?」
「みんなで?」
私が聞き返す。
「うん。」
守屋先輩は嬉しそうに笑った。
「三年生も。」
「二年生も。」
「一年生も。」
「マネージャーも。」
「全員で。」
蓮さんがポスターを覗き込む。
「花火もあるんだ。」
「行きたいですか?」
「行けるなら。」
「じゃあ決まり。」
「まだ全員に聞いてないだろ。」
水谷先輩がすぐに止める。
「でも、蓮さんは来ます。」
「俺だけで全員扱いするな。」
「神谷さんも行きますよね?」
守屋先輩が神谷先輩を見る。
「練習は。」
「やっぱり最初にそれ聞くんですね。」
「予定を確認してるだけ。」
水谷先輩がスマートフォンを取り出し、部活の予定表を確認する。
「来週の日曜なら。」
画面を指で動かしながら答える。
「予定通り休みだったはず。」
「よっしゃ!」
守屋先輩が小さく拳を握る。
「でも。」
水谷先輩は続けた。
「ここにいる五人だけで決めることじゃない。」
「明日の練習後、みんなに聞こう。」
「行ける奴で行けばいい。」
「全員来てほしいです。」
守屋先輩が少しだけ真剣な声で言う。
「インターハイが終わってからも。」
「ずっと練習だったじゃないですか。」
「新チームになって。」
「特訓始まって。」
「代表候補とかも決まって。」
「今年最後くらい。」
「みんなで夏っぽいことしたいです。」
さっきまでアイスの話で騒いでいた人とは思えないほど、真っ直ぐな言葉だった。
水谷先輩は少し驚いたように守屋先輩を見る。
そして。
優しく笑った。
「そうだな。」
「聞いてみよう。」
「はい!」
守屋先輩の顔が一気に明るくなる。
「結衣も来るよね?」
「私ですか?」
「バレー部みんなって言ったじゃん。」
「行きたいです。」
「じゃあ決まり。」
「だから、まだ全員決まってない。」
水谷先輩が笑う。
「葵ちゃんも誘ったら?」
「葵もですか?」
「結衣の友達だろ。」
「一人だけ部外者だと気を使うかもしれないけど。」
「守屋がいるから大丈夫。」
「どういう意味ですか?」
「誰にでも絡む。」
「長所じゃないですか。」
「たぶん違う。」
蓮さんが笑う。
私はもう一度ポスターを見る。
赤い提灯。
浴衣姿の人たち。
大きく描かれた花火。
今年は。
インターハイのことばかり考えていた。
朝から晩までバレー部にいて。
気付けば夏休みも終わっていた。
海にも行かなかった。
花火も見なかった。
夏らしいことなんて、ほとんど何もしていない。
それでも。
今年最後の夏祭りが、まだ残っている。
「葵に聞いてみます。」
「よし。」
守屋先輩が満足そうに頷く。
「じゃあ次。」
「浴衣で来る人。」
「気が早い。」
神谷先輩が言う。
「大事じゃないですか。」
「神谷さんも浴衣ですか?」
「行くとも言ってない。」
「え。」
守屋先輩の笑顔が固まる。
「来ないんすか?」
「まだ予定を確認してない。」
「部活休みって水谷さん言ってましたよ。」
「家の予定。」
「空けてください。」
「お前が決めるな。」
「結衣。」
守屋先輩が私を見る。
「神谷さんに来てほしいですよね?」
「なんで私に聞くんですか。」
「来てほしいですか?」
神谷先輩まで私を見る。
逃げ道がなくなった。
「……みんなで行くなら。」
「神谷先輩も来てほしいです。」
自分でも分かるくらい、声が小さくなった。
守屋先輩がニヤニヤしながら神谷先輩を見る。
「だそうです。」
神谷先輩は少しだけ目を逸らす。
「予定がなければ行く。」
「よっしゃ!」
「まだ決定じゃない。」
「ほぼ決定です。」
「違う。」
「じゃあ蓮さん。」
「俺は行く。」
「水谷さん。」
「みんなが行くなら。」
「結衣。」
「行きます。」
「俺。」
「聞く必要ないだろ。」
水谷先輩が呆れたように笑う。
「現時点で四人確定。」
「一人ほぼ確定。」
守屋先輩が指を折りながら数える。
「神谷さんだけ扱い違いますね。」
蓮さんが笑う。
「仕方ないです。」
「予定がなければ。」
神谷先輩がもう一度言う。
「分かりました。」
守屋先輩は満足そうにアイスを籠へ入れた。
青い炭酸味だった。
「結局それにしたんですね。」
「今日は気分がいいから。」
「舌、青くなりますよ。」
「代表候補の青。」
「意味分かりません。」
翌日の放課後。
いつも通りの練習が始まった。
昨日はゆるゆるの日だったはずなのに。
神谷先輩の守備練習はさらに細かくなり。
蓮さんのフォーム修正は一本ごとに止められ。
水谷先輩と監督の基礎練習からは、一年生たちの悲鳴が響いていた。
「あと五本!」
水谷先輩の声が飛ぶ。
「無理です!」
「無理って言ってから三本できてる!」
「あと二本増えてるじゃないですか!」
「喋れるならいける!」
体育館に笑いが起きる。
私もノートへ記録しながら、昨日のポスターを思い出していた。
夏祭り。
みんなで行けたら。
きっと、すごく楽しい。
ピーッ。
練習終了を知らせる笛が鳴る。
「集合。」
監督の声で、全員がコートの中央へ集まった。
汗を拭きながら円になる。
監督から今日の反省点が伝えられ。
最後の挨拶を終える。
「ありがとうございました!!」
いつもなら、そのまま片付けが始まるところだった。
「ちょっと待って。」
水谷先輩が声を掛ける。
全員が水谷先輩を見る。
守屋先輩だけは、何を話すのか分かっているように笑っていた。
水谷先輩は全員を見渡す。
「来週の日曜。」
「今年最後の夏祭りがあるらしい。」
一年生たちが顔を見合わせる。
「守屋が。」
水谷先輩は隣に立つ守屋先輩を見る。
「バレー部のみんなで行きたいって。」
「俺です。」
守屋先輩が小さく手を挙げる。
「行ける人いる?」
一瞬の静けさ。
最初に手を挙げたのは岡田先輩だった。
「行けます。」
「俺も。」
杉山先輩が続く。
小林先輩も手を挙げる。
「行ける。」
加藤先輩と広瀬先輩も顔を見合わせながら手を挙げた。
一年生たちも次々に反応する。
「俺も行けます!」
「俺も!」
「親に聞けば大丈夫だと思います!」
藤枝も。
村山も。
ほかの一年生たちも。
次々と手が上がっていく。
「ほぼ全員じゃん。」
蓮さんが笑う。
「よっしゃ!」
守屋先輩が大きく拳を握った。
「みんな。」
急に少しだけ照れたような表情になる。
「インターハイが終わってからも。」
「ずっと練習だったじゃないですか。」
「学校も始まったし。」
「今年の夏。」
「バレーしかしてない人も多いと思うんで。」
「最後くらい。」
「みんなで夏っぽいことしましょう。」
「お前、昨日よりちゃんと話せてるじゃん。」
水谷先輩が笑う。
「昨日の夜、考えました。」
「家族会議で?」
蓮さんが聞く。
「代表候補の議題が終わった後です。」
「本当に三時間話したのか。」
「二時間半です。」
「十分長い。」
みんなの笑い声が体育館へ響く。
監督は腕を組んだまま、その様子を見ていた。
守屋先輩が監督へ顔を向ける。
「監督。」
「何だ。」
「来週の日曜。」
「予定通り休みですよね?」
「休みだ。」
歓声が上がる。
「行くのは構わない。」
監督は少しだけ声を低くする。
「ただし。」
「問題だけは起こすな。」
「はい!」
「未成年としての行動を考えろ。」
「はい!」
「遅くなり過ぎるな。」
「はい!」
「怪我するな。」
「祭りで怪我します?」
守屋先輩が首を傾げる。
「お前ならする。」
「信用ないなぁ。」
「今までの行動を振り返れ。」
体育館にまた笑いが広がる。
守屋先輩は懲りずに続けた。
「監督も来ます?」
「行かない。」
間髪を入れない返事だった。
「即答!?」
「お前らだけで行け。」
「監督も夏っぽいことしましょうよ。」
「お前らがいない体育館で静かに過ごす。」
「それ夏祭りより楽しみにしてません?」
監督は答えず、守屋先輩の頭を軽く叩いた。
水谷先輩が私を見る。
「結衣も行ける?」
「はい。」
「葵ちゃんは?」
「今日、聞いてみます。」
「一緒に行けるといいね。」
「はい。」
守屋先輩がすぐに口を挟む。
「浴衣で来ます?」
「まだ決めてません。」
「葵ちゃんと浴衣で来てください。」
「なんで守屋先輩が決めるんですか。」
「夏祭りだから。」
「守屋先輩も着るんですか?」
「俺は動きやすさ重視。」
「自分だけ。」
「屋台を全部回らないといけないから。」
「目的が違うだろ。」
岡田先輩が呆れる。
水谷先輩が手を叩いた。
「じゃあ。」
「詳しい時間と集合場所は、また連絡する。」
「来られる人は、家の人にもちゃんと伝えておくこと。」
「はい!」
全員の返事が重なった。
片付けが始まる。
いつもと同じ体育館。
いつもと同じボールの音。
でも。
みんなの会話は、すでに夏祭りのことでいっぱいだった。
「屋台何あるかな。」
「焼きそば。」
「りんご飴。」
「射的やりたい。」
「花火って何時から?」
「浴衣どうする?」
あちこちから楽しそうな声が聞こえる。
私はボールを籠へ入れながら、小さく笑った。
夏休みは、もう終わっていた。
学校も始まり。
私たちはまた、いつもの毎日に戻っていた。
それでも。
私たちの夏には、まだ一つだけ。
最後の思い出が残されていた。




