第一章邂逅 忌むべき者達
現在、鋭意設定作成中です。色々かたまっていないので申し訳ない
五分ほどの用足しを終えて、部屋へと戻った夕を待っていたのは、頬を染めて俯いている小柄な少女と、夕に一撃を見舞われて沈黙した車輪お化けの死体だった。
一体どういう状況だよこれは、と内心愚痴りながらも、夕はその動揺を悟られないよう至って平静であるかのように努めた。ここはアウェーなのだ。彼らの目的が分からない以上、こちらの恥部を晒して得は無いだろう。
命の恩人への態度にしては些か懐疑に過ぎると思うが、何といっても今夕が対面しているのは普通の相手じゃない。天使と渡り合う戦闘力を持つ黒い騎士に、奇妙な術を使う車輪魔人。そして――。
「すいませんでした! 私の不手際で、ご迷惑をかけてしまって……」
そんな異形の車輪魔人を前にして普通にしている、この少女。何処にでも居そうな気遣い屋といった印象を受ける彼女こそ、この空間において一番異質と云っても良いかもしれない。
「あ、あぅ……どうかしましたかっ? 私の顔、何処か変でしょうか……っ?!」
その言葉を受けて、夕はようやく少女の存在からその容貌へと視線を切り替えた。
よくよく見れば、整った顔立ちをしている。細く長い眉と大きな瞳の目尻を下げている様子は、子犬のように愛らしく、夕の庇護欲を刺激する。
「え、えぅ……」
鴉羽色の長い髪も手入れが行き届いているようで、枝毛の一本すらなさそうだ。この困窮の時代において、最上級の女性と評していも良いかもしれない。あくまでも頭部分の評価だが。
「あの――!?」
「いや、すまん。何でもない。ああ、何でも」
夕の視線は彼女の肢体へと向かった途端に、興味を失せさせた。何と云うか色々と未熟すぎた。青い果実を手折るのは夕の趣味ではない。この黒髪のひねた青年はある程度実った果実にしか琴線が触れないタイプなのだ。
「何だかすっごく含みのある言い方な気がします!」
夕の視線と雰囲気から言語外の意味を汲み取ったらしい少女は、ほんの少しだけ目尻を上げて反抗した。
意外と強かな少女なのかもしれない。
「オぃオぃ、いちゃつイていルところ悪イんだけドよ」
いつの間にか復帰していたブエルが、呆れ顔で二人の間に割って入る。
「そんなのじゃないです!」
「まあまあ、仲良クなっタんならソれでイイじゃねェか。助けた甲斐があっタってモんだろ」
ブエルは少女の肩を蹄で突っつき、ウィンクする。中々にコミカルな奴だ。
「そレでよ諏訪野夕。さっきノ質問ニまダ答えテナかっタよな?」
「あん? さっきの質問てここは何処かってやつか?」
「アア。それニお前を助けタ理由についテもダ」
ブエルは奇妙な身体をひるがえし、外へと続くドアの横に蹄を翳した。数瞬の間の後、音もなくドアがスライドして開く。
ドアの先には室内と同じように白い壁が続いていた。
「ついてキな。俺たチの王様が待ッテっからヨ」
ブエルはこちらの返答を待たず、跳ねるような足取りで部屋を後にしたのだった。
その背が完全に消え去るのを見届けた夕は、腕を回し、屈伸した。
気分はすこぶる悪かったが、身体の方は健康体そのものだ。賦活後特有の全身の倦怠感も無いし、魔弾を使用した時の両腕の腫れもない。
極めつけは右肩だ。確かにザドキエルの風の弾丸が肉を抉り、右肩を貫通した筈なのだが、触った感触から察するに傷が無い。
これで賦活後特有の眩暈や吐き気、頭痛などが無く、いつもの部屋で目を覚ましていたら、おかしな夢を見たと一笑に付していたに違いない。
「あのぉ……行っちゃいましたけど、ついて行かないんですか」
夕が白衣をはだけさせて傷の確認をしていると、未だに部屋に居残っていた少女が、遠慮がちに声を掛けてきた。
「こっちは客だからな。上役がいるってんならそいつがこっちに来るのが筋だろ」
洗面所に入り、鏡で傷を確認すると、手触り通り綺麗な状態だった。まるで傷などなかったかのように、夕の焼けた肌が映し出されている。
「……ふふ。勝手な人ですね」
少女は可笑しそうにクスクスと笑う。それにつられて、黒髪の青年も鼻を鳴らした。
形容し難い空気が部屋を満たし、部屋が沈黙で満たされる。
沈黙は嫌いじゃない。居心地が悪くなければなおさらだ。夕ははだけさせた白衣を着直し、少女へと問いかけた。
「あんた、名前は?」
「ひゃい?!」
唐突に呼びかけられた少女は、部屋全体に響くほどの素っ頓狂な声を上げた。
間抜けな声をあげたことに対しての恥じらいか、その頬は再び羞恥に染まる。
「ヒャイ?」
「あ、いえ、そのですねっ」
「インドの茶の様な名前だな、あんた。日本人みたいな顔しているが、実はハーフだったとかか?」
「ヒャイが名前じゃありませんよ! 驚いたんです! それで変な声が出てしまったんです!!」
「何だ、変わった名前だと思ったのに」
笑う。無邪気に笑ったのは久しぶりな気がした。兵士になってからは戦場か訓練、そして病院の行き来が生活の全てだった。皮肉気な笑いをこぼすことは数多くあったが、それを笑みに換算するのは違う気がする。
「笑わないでください!! もう……!」
「拗ねるなよ。それで?」
「拗ねていません!!」
「その話は流せ。それで」
「……あ、えぇっと!」
名前を促されていることに遅まきながら気が付いた少女は、口論の所為で少し乱れた髪を抑えながら、自身の名を告げ――。
「おイ!! テメェ!! 来いっテ言っタら来イよ!! 何、普通にスルーかマしてンダよ!!」
五本の脚を器用に使い、人で言うブリッジ状態で走ってきたブエルが、激昂した様子で部屋へと飛び込んできた。
夕が何か言う前に、彼はその蹄で彼の首根っこを器用に掴み、引き摺り始めた。
「そっちがコネェってンなら、引き摺っテ行ってヤるヨ!!」
「おい、やめろっ! イテェんだよ! 第一どうやって掴んでんだ!?」
「じゃかマしいっ!!!」
蹄を振り払うべく身体を左右に揺するが、びくりともしない。凄まじい膂力だ。鍛えられた夕の揺さぶりをモノともしないとは、この車輪、見た目の割にかなりの怪力である。
抵抗するすべのない夕は、直ぐに脱力し、流れに身を任せる。
そんな二人をクスクスと笑いながら見送る少女が、遠慮がちに手を振る。
夕はそれに対して、力なく手を上げることで応えたのだった。
△
▽
無抵抗のまま引き摺られ、どれ程の時間が経過しただろうか。変わり映えのしない、真っ白な廊下を眺めていたので、正確な距離も分からない。だが、この純白に染められた施設が相当な大きさであると言うことは何と無くわかった。
やがて、ブエルが歩みを止めて、夕を掴んでいた蹄を離す。
勿論、全身を脱力させていた夕は自然法則に引かれて床へと落下した。
ゴンという鈍い音が廊下に響き、少し遅れて夕の叫び声を木霊する。
「いってぇぇぇえぇ!? おい! いきなり離すなよ!!」
「ここまデ運んでやったンだ。そンくらイで文句いうナよナ」
「誰も頼んでねェだろうが!! お前が勝手……に……」
売り言葉に買い言葉で、悪態を吐こうとした夕の視線に飛び込んできたのは、この白い廊下にはあまりに不釣り合いな、巨大な門だった。
純白の世界の中でその一角だけが、塗り潰されたような鈍色をしている。光を反射しないその場所は異様な雰囲気を醸し出していた。
「この先デお待ちにナラれてイる。我が王ハお前トの差しでノ話シ合イをご所望だソウだ」
「話し合い? それに我が王って何なんだよ? 俺は何の説明も受けてないぞ」
「イケばわかル」
ブエルはそれ以上何も答えるつもりはないと言わんばかりに、巨大な門を示した。この先に行けば分かると言いたいんだろう。
夕は渋々門の前に立ち、手を添えた。
この異形のブエルが王とする相手だ。どのような化け物が飛び出してくるか、想像もつかない。だが、向こうはこちらに対して何かしらの用事――それも命を救うほどの何かがあるのだ。このまま、ブエルとの押し問答を続けているよりは、先に進んだ方が建設的――。
ええい、ままよ!
乾坤一擲の覚悟で夕は門を力いっぱいに押し広げる。
――と、思わぬ軽さで門が勢いよく開け放たれた。半ばタックルするように門へと突っ込んでいった夕は、支えを失い門を押し広げて、その奥へとつんのめっていく。
そしてそのままの体勢で、顔から倒れたのだった。
「……っ~~!!」
一瞬頭が真っ白になり、遅れて耳まで赤くなる羞恥が夕の感情を満たす。普段の彼ならば、体勢を整えるなり、何なり出来たであろうが、今回はそうはいかなかったようだった。
居た堪れない沈黙が続き、やがて背後で門が音もなく閉まっていくのを感じる。
夕は倒れたままの状態で、門が音を立てて閉じられたのを聞いた。
「~~~~っ!」
ここからどうすればいい。
夕は声ならない声を上げながら、拳を握りしめた。早く立ち上がればいい、というのは頭の中では理解しているが、ここまでの無様を、初見の人間に晒して平静でいられるほど、夕の肝は座っていない。
この部屋の中で居るであろう某かが、大笑いでもしてくれれば誤魔化しながら立ち上がれるのだが、この部屋に居るのか居ないのか、相手は沈黙を保ったままだった。
時間が経過するたびに、さらに空気が悪くなっていく気がする。夕は再び決意を決めた。この際、無視しきれるかは怪しいが、知らぬふりを決め込もう――。
そう結論して、両腕に力を入れて立ち上がろうとする。
しかし、救いの手は意外な場所から舞い降りた。それも物理的に。
「大丈夫?」
頭上から声が投げかけられる。その声は鈴のように澄んだ少女のモノで。夕は弾かれたように顔を上げた。
その視線に映り込んだモノを見て、夕は言葉を失った。
そこに居たのは、山ほどの巨体を持つ化け物でなければ、理解不能な造形をした異形でもなく、今しがたかけられた声の通り――銀の髪と緋色の瞳を持った少女だった。少女は少し困った様な表情を浮かべながら、夕へと手を差し伸べている。
掴まれということらしい。夕は少し逡巡して、少女の小さな手を掴んだ。体温の低い掌の中で、異物を感じる。少女の手に目をやると、そのほっそりとした幼い指には鈍色の無骨な指輪が付けられていた。
アクセサリーだろうか。夕はそういったことには詳しくない。それでもその指輪が、彼女の手に不釣り合いであると言うことは、はっきりとわかった。
細い腕で、夕の身体が上へと引かれる。だが勿論、彼女の力だけでは一回り程の体格差がある青年を立ち上がらせるには足りない。夕は、空いている手と、両足に力を込めて立ち上がった。
「無事な様でよかった。いきなり飛び込んでくるから何事かと思って」
銀の少女の一言に夕の頬は羞恥に染まった。誰であっても、男がいきなり部屋へ飛び込んで来たら、驚くのが普通だろう。
「ちょっと手違いがあってな。あのザマだ」
「……手違い? どういうこと?」
少女は真っ赤な瞳を丸くして、首を傾げる。それに夕は決して目を合せようとせず、
「手違いは手違いだ。それ以上でもそれ以下でもない」
と突っぱね続けた。
「?」
少女は不思議そうに夕の顔を見上げて、その頭上に疑問を浮かべ続けている。流石に居た堪れなくなったのと、もう一つの事情を加味した夕は、場の空気を塗り替えるべく行動を開始した。
「もう一人で立てるから手を放してくれ」
少女がいまだ握り続ける自身の右手を指す。少女は大したリアクションも見せず、言われた通りに手を放した。体温の低い掌が夕の手から零れ落ちる。
「あー……それと、手を貸してくれてありがとな」
自分らしくない殊勝な態度だ。夕は心の中で苦笑した。これがあのヘンテコ魔人なら絶対に礼など言わなかっただろう。これも人徳のようなものなのだろうか? 目の前にいる銀の髪の少女には、夕を殊勝にさせる格の違いのようなものが備わっているような気がした。
「別にいい。こちらもあなたのことはよくわかったし」
「ああ?」
夕が見せたのは門をぶち明けて、情けなく床を滑る様だけだ。この姿を諏訪野夕と考えられるのは、少々――否、多大に問題がある。それに、
「つーか、忘れる所だった。あんた、我が王ってのは知らねぇか? ヘンテコな見た目をしたブエルって奴にここまで連れて来られたんだが……」
ここに来た目的は、王とやらに会うためなのだ。その筈なのに厳つい門を超えた先には、銀髪の少女。
広くて真っ白な部屋を見渡しても、見つけられたのは白の中に映える鈍色と金色の装飾が施された椅子だけで、それ以外には何もないし、誰もいない。不思議な部屋である。
まさか、彼女が王とやらではあるまい。かといって目の前の少女はお世話係などと云う風には一切見えないし――。
「王なら私の事。ブエルは私に仕えている一柱なの」
あっさりと、大した威厳も見せず、威張る事もせず、ただ当然の事だといわんばかりに少女は告げた。
「は、な、え?」
予想に反した発言をされたため、一瞬、夕の思考が止まり、生返事をしてしまう。
その様子を軽くスルーして、少女はマイペースに続けた。
「私の呼びかけに応じてくれたことを感謝する、諏訪野夕」
教えていない筈の名を謳うように呟く。
「先の戦いでの智天使との戦闘、実に見事。独力で上位天使を打倒してみせた人間なんて、わたしは数えるほどしか知らない」
語った覚えのない戦果を褒め称えられる。この期に及んでも夕はまだ混乱したままだ。
そんな夕に少女は一歩近づいた。自然な動作で夕の懐へと潜り込む。
「あなたには素質がある。『悪魔』を宿し、『天使』どもを滅ぼす素質が」
「わたしは優秀な戦士を求めているの」
「だから、諏訪野夕。あなた、わたしのモノにならない?」
少女の口から流々と紡がれる言葉。その言葉と共に、少女の手が再び夕の身体に触れた。
夕の胸に少女の両手が当てられる。先程までは冷たいくらいだった体温が、今は高温を伴って、夕の心臓に重なっている。
少女はそのまま、夕の胸に耳を当てた。抱き付かれるような体勢で少女と青年が固まる。
夕は大きく息を吐き、
「よく分かねーが、要は天使と戦えって言ってんだろ?」
「……ええ、その対象は守護天使になるけれど」
守護天使。あの人の形を持った災厄の事を思い出し、顔を顰める。本気で戦って、歯牙にすらかけられなかった。あの黒い騎士アンドラスですら弄ばれていた。そんな相手を戦うなんて想像もつかないが、夕の口は自然と言葉を紡いでいた。
「……アンドラスとブエルに拾われた命だ。アイツらはあんたの手下、なんだろ? なら俺は、あんたに助けられたって事になる」
我ながらおかしな理論だ。だが、この時の夕は考えて発言をしているわけではなかった。
「――ならこの命はあんたのモノだ。礼を返せて天使を殺せるってんなら、最高の条件の仕事だな」
夕はそう言い終えて、皮肉気に笑った。天使を殺す為に兵士になった。どうしても生きたくて、自分の生を誰かに委ねるのが嫌で、天使を殺す術を学んだ。
「そう。あなたならそう言ってくれると思っていた」
少女は顔を上げて少しだけ頬の端を吊り上げニッと笑う。
「なら、歯を喰いしばって。死ぬほど痛い――と云うか、多分、一度死にかけるから」
「は?」
突拍子もない発言に、夕が疑問を挟んだ瞬間にはもう遅かった。視界が光に覆われる。目を凝らすと、真っ白な部屋のあちこちに、不思議な方陣が無数に描き出されている。
それを認識した途端、全身に何か異物感。全身のいたる所に何かが入り込んでくるような嫌な感覚。
声も上げられない。痛い。痛い痛い痛い痛い――。
余りの激痛と、奇妙な感覚に一気に意識が遠退いて行く。そんなぼんやりとした世界の中で銀の少女が何かを言っていたが、夕には聞き取ることが出来なかった。
「我がソロモンの名において、忌むべき隣人を汝に」
この日この時この場所で諏訪野夕は、悪魔を宿した。
今回、少し内容の展開が雑です。次回以降はきちんとしていくつもりなのでお許しを。
そのうち、修正したりするかもしれません。というかします。




