第一章 邂逅 忌むべき者達
遅くなってしまい申し訳ありません。次回以降は月曜日投稿を心がけていきたいです。
「おいおい、誰が行くんだ」
「おらぁ、やだね。反りが合わなさそうだ」
「結構可愛い顔しているし、わたくしが契約しても構いませんよ」
「ふん、とんだ物好きだな。このようなひねた男を好むとは。あなたの底が知れる」
「なぁんですって……?」
「某、槍を使えぬものとは相容れぬ」
「第一、まともに戦える者がこの場に招かれたのは今回が初めて。性格の相性も重要であるが、それ以上に戦技の相性を鑑みねばならぬ」
「おう、ならお前何できる。俺は……転移が出来る」
「我は降霊術であるな」
「祈り屋は引っ込んでろ。おめぇ、戦えねぇだろ」
「なにぃ!? 不敬であるぞ汝!」
……端的に言おう。諏訪野夕が傷む頭を抑えながら、見た光景は地獄だった。
もしくは、仮装大賞の舞台裏とでもいえばいいだろうか? 様々な形をした生物――いや、物体が何かを議題にして、唾を飛ばしあっている。中には人の形をした者も居るようだが、美しすぎたり、不男だったり、禍々しい翼を持っていたり、色んな顔が付いていたりと、阿鼻叫喚の様相だ。
夕は頭を押さえて、目を閉じる。たっぷり十秒数えて、目を開く。
「…………」
勿論、何かが変わるわけもなく、いまだに怪物たちが熱心に何事かを議論していた。
つまりこの光景は現実ということだ。
何故自分はこんな所に居るのか……痛む頭を押さえながら考える。
答えは奇しくも、頭の痛みから連想された。
自らを王と名乗った少女。夕はその少女に天使と戦うことを求められた。それに答えた所までは覚えているのだが――。
「それがどうしたらこんな状況につながる?」
目の前に広がる万国ビックリショーを何とも言えない心持で眺めながら、夕はひとりごちる。
「どう? 話は纏まった?」
唐突に背後から声が掛けられた。夕は仰天して、後ろを振り返る。するとそこには、若干半透明な銀の少女が、赤い目を細めて首を傾げさせていた。
「あんた……何か透けてねぇか? まさか幽霊だったりするタイプの人間なのか?」
「咄嗟に出てくる質問には思えない。けれどその問いは半分正解で半分間違い」
だって。少女はそう言いながら夕を指差した。
「諏訪野夕、あなたも透けている」
「は? ……のわっ」
少女の言の通り、夕の身体は見える範囲全てが透けてしまっていた。何だ、これは自分は知らぬ間に死んでしまっていたのだろうか。
「今の私たちはいわば精神体の様なもの。だからさっきの問いは半分正解で半分間違いと言った」
「……成程な」
神妙に頷き理解を示す。いまいち彼女の言っている事はピンとこないが、死んではいないという事なのだろう。それだけ分かれば十分だ。
「にしてもここは何処で、あそこでお祭り騒ぎしてるのは何なんだよ? あれもブエルと一緒であんたの手下なのか?」
夕は殴り合いを始めた異形達を指差しながら訊ねる。
その指の先では獅子頭の屈強な男が二足歩行の馬に吹き飛ばされ、尻に蛇を生やした壮年の男が怒号を上げながら、王冠を乗せたフクロウに詰め寄っていた。
視覚から入ってくる情報量だけで、頭がショートしそうだ。この場なら火を吐く有翼の犬が、無駄に屈強な肉体を持った牡鹿と相撲を取っていても不思議では――。
「上等だオラァ!!」
「フン、貴様の細腕でこの俺を地に伏す事が出来るか?」
「……ホントにいやがった」
最早何も言うまい。夕はどうやってがっぷり四つになっているのか分からない二人の取り組みから目を背けた。これ以上見ていると、精神の重要な部分に異常をきたしてしまいそうだ。
「諏訪野夕?」
「何でもねぇよ。それより答えてくれ。ここは何処で、あいつらは何だ」
不思議そうに顔を覗き込んできた少女に問いを再び投げかける。
辺りを見渡す限り、この場所はどこまでも続いている。荒野でもなく砂漠でも草原でもない。ただただ白い地面が続き、頭上には黒色の空が彼方まで広がっているだけの面白みのない無限。
そんな中に思わず目を背けたくなるような面白みだらけの存在が議論をおっぱじめているのだから、質問しない方が異常であろう。
「……端的に言えば、ここはあなた達が地獄と呼んでいる世界」
「……なにぃ?」
「そして彼らはあなた達が言う所の悪魔」
「……なんだと?」
「彼らは昔から私に仕えてくれていた。その事から、あなた達には私の名を冠して『ソロモン72柱』と呼称されている」
「…………」
ソロモン。
聞いた事はある。完全にうろ覚えで、知識と呼べる程のものではないが、確か古代イスラエルの王だったと記憶している。
知恵者であったとされ、諸外国との外交や野心的な事業で、古代イスラエル最盛期を築いた男だったらしい。彼の知恵は使役した悪魔たちに依るものであったとされ、彼は後年、稀代の二グロマンサーと評されることになったのだったか。
「……そのソロモンが、あんた?」
夕は目の前に立つ少女を凝視した。辺りの喧騒や異常性を忘れてただただ彼女に見入る。
「どのソロモンを指しているのかはわからないけれど、恐らくそう」
少女は特に気負った仕草を見せるでもなく、当然といわんばかりに頷いた。
いやいや待て待て、おかしいだろう。古代イスラエルがどれほど昔なのかは正確には知らないが、紀元前だったはずだ。それなのにどうして生きている。それに夕は日本人だ。天使たちに国土のほとんどを奪われていようとその事実は変わらない。なのにそんな夕の目の前に、どうして古代イスラエル王が現れるというのだ。ユダヤ人の目の前に現れてくれ。そして何より――。
「ソロモン王は男、だよな?」
少女の全身を見る。背丈は夕よりも大分小さく、銀の長い髪と真紅の瞳が特徴的だ。身体の性的な特徴は非常に乏しいが、辛うじて女の子のそれのように思える。
「ええ、男ですね。ダビデ王の三人目の息子で、様々な女性と婚姻関係を結んだ」
その通りだ、と少女は鷹揚に頷く。そのせいで、夕の頭はさらに混乱していた。
「つまり、あんたは見た目は女のようだが、実は男だと言うこと……なのか?」
「いいえ、わたしは女性ですよ。その証拠に――諏訪野夕、手を」
促されるまま、夕は手を差し出す。自称ソロモンの少女は、自然とその手を取り、自身の衣服をはだけさせて、その手を中に滑り込ませた。
「ぬおわ!?」
思わず腕を引き抜こうとするが、思いのほか強い力で掴まれており、その行動は意味を為さなかった。
夕の掌にしっとり張り付くような柔らかい肌の感触が広がる。何やらさわり心地が違う部分があって、どう見ても少女の見た目をした彼女に、無駄にドギマギしてしまった。
「次にこっち」
もう十分に分かった――夕が叫び声を上げようとするが、それは迅速な行動によって阻止されてしまう。
ソロモンは、夕の手を自分の股へと誘い、触れさせた。……そこに宿る感触は何もない。つまるところ、男性器が存在していないという事だ。
「どうだった?」
けろりとした様子で、夕を見つめる少女を、恨みがましく睨み付ける黒髪の青年。その頬は突然の奇行に動揺させられており、ほのかに紅潮していた。
「よおく分かったよこんにゃろう……」
見た目だけは年下の少女に、何もかもを汚された気がしてしまうのは、夕がそう言った経験に乏しいからだろうか。だが、経験豊富な者であっても、彼女の突然の行動に冷静に対応できたとは思えない。というよりも、冷静に対応する奴がいる方がおかしいだろう。
彼女が女性だという事は、力を持って示されたが、ここで別の問題が――と云うよりも本来の質問へと戻る事になる。
「じゃあ、あんたは自称でソロモンを名乗ってるって事でいいのか」
ソロモンが男であり、彼女が女である以上、何で生きているとかその辺を無視すれば、彼女がソロモンを僭称しているという事になる。
「いいえ。わたしはソロモンです」
「だったら色々おかしいだろ。何で生きてるんだとか、何で女の子なのかとか、何でここに居るのかとか」
わけがわからない。頭がごちゃ混ぜになってきて、爆発しそうだ。
夕は不機嫌に彼女を睨む。彼女から誤魔化すような意志は感じられないが、彼女の言っている事が分からないという事が、夕を困惑させていた。
荒ぶりそうになる声音を低く抑えて、彼女の紅の瞳を見据える。
「わたしはソロモンですが、古代イスラエルを治めたソロモン王そのものではない。分かりやすく言えば、かつて大いなる力を振るっていたイスラエル王ソロモンの残滓。それが人の形、それも少女の形を持ったというだけ。ソロモンではあるが、ソロモン王そのものではない。そんな歪な存在がわたし」
彼女の言はさらに夕を混乱させる。男のソロモンの残滓が、どうやったらこんな美少女に変化するのだ、と小一時間問い質したくなる。夕は頭がオーバーヒートしそうになりながらも、一つの結論を導き出した。それはつまり、
「おーけー、分かった。あんたはソロモンであってソロモンでない……けどソロモンで、まあ、つまるところ、あんたの事をソロモンと呼べばいいってだけの話だ」
考える事を放棄した。自身の頭で理解できない事を考え込んでいても堂々巡りになるだけだ。考えるだけ無駄と割り切って、話を次に切り替えた方が、幾分か建設的であろう。
第一に、彼女が何者であろうと、命を救われた相手の上司と云う事実には変わりない。諏訪野夕は口の悪い捻くれ者であるが、恩知らずではないのだ。ならば、彼女が何処の誰さんであろうと無問題なのである。
気にならないといえば嘘になるが、それはそれ、理解できる頭を持ち合わせてから問い質すのが筋だろう。
「それで、ここは、その、地獄だと言ったな? その事について説明を求める」
夕はこれ以上、話をややこしくする事に抵抗を覚えたが、しかし、自身の胸中に湧き立つ疑問を抑えきるのは不可能だった。若干の遠慮を滲ませて、目の前の少女に問いかける。
「ええ。ここはあなた達が、地獄と呼ぶ場所。想像とは大きく違うでしょうけど」
そう言われて、夕は自身の地獄像を思い描く。日本的なモノであるが、血の池だとか、針の山だとかそういった恐ろしいものが簡単に想像できた。だが、今夕が居るこの場所にはそういったものは何もない。殺風景な白と黒の地平線が広がるのみである。
「んで、その地獄を住処にしているアイツらが悪魔、と」
「はい。皆、個性的で面白い人物ばかり」
「個性的とかそういう領域ではないだろ」
呆れて嘆息した。それと同時に集団の中心で爆発が起こる。凄まじい爆風と共に四方八方へと飛ばされていく悪魔たち。人間ならば確実に死人が出ているであろうが、彼らにとっては、何ともないらしく、また集まって、議論という名の殴り合いが再開された。
「だから一番、美しいのは僕なんだって! 見てよこの羽! さいっこうだろ!!」
「ならば、わしのたてがみも捨てたものではあるまい。見よこの素晴らしき毛並。毎日、五時間は手入れしておるぞ」
「美しさで言えば、余の鱗が随一だ。貴様ら毛むくじゃらには解せぬだろうがな」
どうやら議題が変わっているようだ。初めは合う合わないとかの話だったように思えたのだが、今や、悪魔各々が自身の美しさについて論じ合っている。
皆思い思いに自身の美しさを主張しているのだが、話を聞く限り、夕にはよく分からない。隣のソロモンを覗き見ると、無表情で悪魔たちのじゃれ合いを眺めているだけだ――いや、違う。よく見るとこれは、
「皆」
無表情から一転。ソロモンは花すら恥じ入る可憐な笑みを浮かべて、静かに彼らへと語りかけた。
「静かにして」
『――っ!』
まさに鶴の一声だ。決して大きくない彼女の声に、全ての悪魔が反応し、口をつぐむ。理由は単純明快。
ソロモンが可愛らしい笑みを浮かべながら、全身より怒気を滲ませていたからである。
「わたしは、よく相談して決めてほしいと言ったはず」
あくまでも平坦な声で、賢王である少女は、悪魔たちを流し見る。
そのほとんどが、髪や毛、衣服などを乱れさせており、相談していたと言い訳することは不可能だった。
「た、大将、居たんですかい」
「かなり前から居た」
「王よ。その、これは、だな」
「これは、何」
「……むぐ」
言い訳をしようとした青い鎧の悪魔をひと睨みで黙らせる。睨まれた悪魔は手にした突撃槍を地に下げ、叱られた子供の様に項垂れた。
「わたくしはきちんと議論しましたのよ? その証拠にきちんと立候補しましたし。このおバカが突っかかってきたのが問題で」
「この期に及んで、罪のなすりつけとは。伯爵の称号が泣くな」
「何ですってぇ?!」
やけに露出の多い女性の悪魔と、女騎士然とした悪魔が再び言い合いを始める。二人は顔を近づけあい、今にも一色触発の雰囲気であったが、ソロモンが何も言わず、ジトッとした目で睨むと互いに、顔を背け、諍い合う事をやめた。
「はあ、もういい。あまりこの場に長居することも出来ない。わたしが選ぶ」
ソロモンは大きな溜息を一つ吐くと、表情を切り替えた。その顔から笑顔が剥がれ落ち、また無表情のそれとなる。そのあまりの変化の速さに夕は言い知れぬ恐ろしさを感じた。彼女は見た目こそ、少女であるが、やはり、普通とは何か違うのだ。
「ふむ……諏訪野夕、あなたは射撃が得意だったはず」
唐突に話題を振られ、夕は身を竦ませる。このタイミングでそんな話題が出てくる理由が分からない。というか、そもそも、何故夕はソロモン王に地獄へと引っ張ってこられ、悪魔たちの見世物になっているのだったか。
「得意というほどのもんじゃない。天使にゃカスタムした銃の弾しか効かなかったからな。得意だろうが不得意だろうが、銃を持たなきゃ戦場に立てねぇんだ。……ところで今更なんだが」
「あなたが、彼らに引き合わされた理由?」
「ああ。いや、何と無く察しはつくが一応な」
「簡単に言えば、お見合いという事になる。あなたに見合った悪魔をあてがう為にあなたをここへ連れてきた。わたしは彼らが平和的に話し合いで物事を進めてくれることを期待していたのけれど、とんだ見当違いだった」
「悪魔を、何だって?」
「悪魔をあてがうの。あなたの身体に憑依させ、現世でその力を引き出させる」
「……おいおい、わざわざ人間に憑かせる意味なんかないだろ? ここにいる色物集団をどうにかこうにかして地獄から引っ張って来れないのかよ? あのブエルとかアンドラスとかみたいにさ。あの二人もあんたの部下なんだろ? なら悪魔って事でいいんだよな?」
あの黒い騎士が悪魔だというのなら、天使と張り合った戦闘力にも納得がいく。それにブエルとかいうやつの術もだ。あと、奇妙極まりない見た目も。
「ええ。あなたの予想通り彼らも悪魔。けれど、アンドラスは今からあなたに施そうとしている憑依術によって現世へと渡った個体。ブエルは……あれは憑依せずに現世へと移っている、けれどあの召喚は今は不可能」
「不可能? 何でだよ?」
「あなたは悪魔が何を活力として現世に顕現するか知っている?」
悪魔やその憑依の話をつい先ほど耳にした身なのだ。そんなこと知っているわけがない。夕は首を横に振る。
「人間の魂」
「……魂」
「寿命や生命力と言い換えても差し支えはない。人間の生きる糧、それを悪魔は奪い、超常の力を振るう」
「……どこかで聞いた話だな」
寿命を糧に大きな力を生み出す。賦活能力。魔弾。悪魔の憑代の話は夕たち兵士が用いていた出生不明の戦闘術に酷似していた。
「ええ、生き残った人類が用いた魔術。それは私たちが彼らに提供したもの。魔術は悪魔の専売特許だから。他にも、天使たちを抑えこむ壁を短期間で築いたり、海上に巨大人工島を生み出したり、無い筈の資源を作り出したり、人間でも天使に届きえる技術を授けたり――守護天使と呼ばれるものたちを足止めしたり」
「……つまり俺たちは知らない間に悪魔に手を貸してもらってたのか」
だがその話はおかしい。十年前には守護天使と呼ばれる人の形を持った災厄は観測されていない筈なのだ。それをどうして止めることが出来るというのだろう。そこで気が付く。
「まさか、守護天使が観測されてなかったのはあんたらが足止めしていたから……?」
それならば腑に落ちる。天使側が戦力を温存しておく利点が見受けられない。十年前からこの世界に奴らが存在していたのならば、小物達しか侵攻できなかった理由があったと考えるのが自然だ。
「ええ。わたしとは直接の関係は無かったけれど、強力な悪魔たちがその命を使い捨ててまで防衛に努めてくれた」
天使たちを殺すことは敵わなかったけれど、と呟く。
そこで夕は話が脱線している事に気が付いた。過去の話も気になるところであるが、人間に悪魔を憑りつかせる理由を聞かねばなるまい。
「勿論、彼らは人に憑依せず、そのままの姿で呼び出された者達。……十年前は召喚に必要なものが無数に漂っていたから」
「……どういう事だよ。悪魔を呼び出すのは寿命とか生命力とかそう言ったのが必要なんだろ? なら、あんたが俺にしようとしている様に人間に憑りつかせる以外に方法なんてないんじゃねぇのか?」
「いいえ、存在した。天使たちに殺された十数億という人間の魂の残滓が。一つ一つは生きている人間の魂に全く及びばなかったけれど、塵は積もり山となる。多大な犠牲があったからこそ、わたしは悪魔を呼び出すことに成功したの」
ソロモンは語る。本来であれば、悪魔は適性を持った人間にしか憑りつく事の出来ない存在だった。しかし、様々な人間の魂の残滓はその法則を無視して、悪魔たちを現世へと召喚する憑代と成りえたのだ。何故なら、残滓の寄せ集めは、様々な人間の魂を集めたものである。その中には悪魔に対する適性を持つ者も居たのだろう。いわば、召喚する際、誤認証で悪魔を召喚したのだ。
地上に残った魂の残滓が枯渇した今、大殺戮がもう一度起きない限り、絶対に起こりえない反則技である。
故に今、夕に悪魔を憑りつかせようとしているのは、そうしなければ最早、悪魔を召喚するすべが失われているからなのだ。
「十年前に召喚した悪魔の半数は既に消えてしまっている。ブエルは生き残りの一柱。だからあんな見た目」
「アンドラスは憑依しているといったな? あんなでかい人間がいるもんなのか」
黒い騎士の姿を思い起こす。身の丈は二メートルを優に超えていた。あんな巨大な人間が居るとはとても思えない。
「あれはアンドラスの戦闘する際の姿。憑依は場合によって地獄での姿に近い形をとる事が多い。彼が憑依しているのは、あなたよりも年下の少女」
「……少女?」
妙な既視感を覚えた。はて、どこかで聞いたような気がする。夕は記憶の底を攫おうとしたが、それはソロモンの言葉によって妨げられた。
「諏訪野夕、あなたはこの話を聞いてもなお、わたしの力になってくれる?」
少女は何の感情も滲ませず、その問いかけを夕へと投じた。期待も不安も自信も何もない、まっすぐでまっさらな問いかけ。
黒髪の青年はそれを正面から受け止め、一瞬逡巡したのちーーその口元にわざとらしい不敵な笑みを張り付けた。
「当たり前だ。その話を聞いて俄然やる気が出たね。そりゃあ、悪魔を憑りつかせるなんて話には驚いたが、冷静に考えてみれば、今までの天使との戦闘も悪魔の力を借りていたようなもんだ。今更それが本物の悪魔が憑いたって大して変わるもんでもないしな。それにーー」
言い訳するかの如く早口でまくし立てた夕はそこで一旦、言葉を区切った。一つ息を吸い、口内を唾液で潤す。
「俺は一度言ったことは曲げないんでね」
夕は言ってやったぞと言わんばかりに少女のほうを見た。多少は面を食らったり、苦笑いの一つでもしてくれていないだろうかと期待して、童心に帰ったかのような心持で少女の表情を捉える。はたして彼の目に映ったのは、初めて顔を見た時と同じ、怖いくらいに端正で無表情な緋色の瞳の少女だった。面を食らったのは夕のほうだった。
「……? どうかした? 凄まじいまでに期待外れだった時の顔と、他人の内臓に手を突っ込んだ置きの顔が合わさったような顔をしてる」
どんな顔だ、それは。つい突っ込みを入れたくなったがグッとこらえた。このままのペースだと一生話が進まない気がする。そういえば、さっき目の前の少女が、この世界に長く留まることは出来ないと言っていた気がする。
早いところ、彼女に本来の目的を達成させて、夕に憑りつかせる悪魔を見繕わねば。
「ま、まあ、俺の顔のことは置いといて、だ。俺に見合う悪魔ってのはもう見当がついているのか?」
「一応。諏訪野夕、再び問う。あなたは射撃が得意?」
「まあ、下手ではない」
自分より上手いやつは同期でも五人以上いたが、夕も下手というわけではない。第一、自分の真価は近接銃撃戦闘において発揮されるのだ。したがって遠方から射撃は嗜み程度に行えればそれでよくて……、夕は見えない誰かに言い訳をする。
その間に、ソロモンは考え込む素振りを見せ、次いで今までの騒ぎ様が嘘みたいに静かに待機していた悪魔たちを眺める。そして再び数瞬の熟考を挟んだ後――決心したかのように軽く拍手を一つ打った。
ぱぁんと乾いた音が、何もない地獄に反響し響く。ぶつぶつと脳内言い訳をしていた夕と、手持ち無沙汰に集まっていた悪魔たちが、そろって銀の賢王へと注目した。
「決めた」
ソロモンは静かに呟き、悪魔たちを見やる。彼らは互いに顔を見合わせ、誰がソロモンの御眼鏡に適ったのかを、視線だけで議論した。
「レラージェ。あなたが憑いて」
その一言で悪魔の群衆が割れた。彼らは王の視線を遮らぬように、複雑怪奇な身体を退かせる。
夕は徐々に開けていく群衆を眺めながら無意識に身構え、どのような化け物が選ばれたのか、期待と不安を募らせた。
悪魔たちが完全に体を退け、ソロモンの視線が通る。満を持して、夕は彼の相棒となった悪魔をその目に焼き付け――。
「……ぼく?」
女性にしては低くて、男性にしては高すぎる声が、夕の耳朶を震わせる。
視線の先、夕に憑りつく悪魔レラージェがいるはずの場所には、緑衣の外套を羽織った小柄な人物が、気の抜けた様子で自身の顔を指差していた。
一見してみれば、人間に近いようだが、外套によって身体のラインが分からないし、フードを目深に被っているので、その顔も窺い知ることができない。
「ええ、レラージェ。あなたなら諏訪野夕との相性もいいはず」
「そうだろうけど……他の強い人の方が」
「強いだけでは意味がないのは、前例からでもわかっているはず。バルバトスがいない以上、銃を使う諏訪野夕の相手はあなたしかいない」
「でも……」
「でもじゃない。そんなではいつまでたってもバルバトスの下位互換」
「ぅぐ……わ、わかったよぅ……」
レラージェと呼ばれた外套の悪魔は、渋々といった様子でソロモンの命令を了解した。彼は夕のすぐ近くまで寄ってくると、目深に被ったフードと外套を脱ぎ去った。
「おい聞いてただろ? そいういうわけだから、よ、よろしくな!」
そこから現れたのは、黒髪の少年だった。整った顔立ちに、雑に切りそろえられた髪、外套の上よりもなお華奢な四肢。全体的に肉付きが薄い。彼の外見的特徴は十代前半の少年の肉体に非常に酷似している。
そのあまりにも普通――この場においては異様な外見に夕は、言葉を失って、彼をマジマジと眺めてしまう。
「な、なんだよ?! ぼくが女だからって舐めるなよ! 人間に近い見た目だけど、これでも歴とした悪魔、序列十四番目の大侯爵なんだぞ!」
彼――いや、彼女らしい。あまりにも身体の起伏がなかったので誤認してしまった――は、裸に剥けば肋骨が張っているであろう胸をめいっぱい反らして威張る。どう見ても子供が背伸びしているようにしか見えない姿に、思わず吹き出しそうになる。それをどうにかこらえ、夕は彼女に対して名乗った。
「よろしく。俺は諏訪野夕だ。まあ、その、なんだ。頑張ろうぜ」
その言葉とともに手を差し出す。レラージェはその手と夕の顔を往復したのち、おずおずと握った。
ひんやりとした感触が夕の手のひらを擽る。なんだか、智天使とザドキエルの一件以降、子供じみた少女と触れ合う機会が多い。
「こ、これはお前に気を許したわけじゃない! けれど悪魔の矜持としてあいさつはきちんとというのがあるんだ! だからだ!」
本当にそうなのか、と周囲にいる悪魔たちへと目線を送る。その誰もが首を横に振ったり、苦笑いしていたりした。どうやらその矜持は彼女にのみ適応されるものらしい。彼女はそんなやり取りがあったとはつゆ知らず、一心不乱に夕の手を握りしめている。
「挨拶も終えたし、私たちも早く戻るべき」
完全に手を離させるタイミングを逸していた夕に、ソロモンが声をかける。
「そういえば、長居は出来ないとか言ってたよな。なんでなんだ?」
「ここは本来、悪魔たちのみの世界。精神体だけとはいえ、異物としてこの世界に紛れ込むのは非常に危険」
淡々と告げるソロモン。そういえば、自分は精神体のはずなのにどうしてレラージェと手を触れ合わすことができているのだろう? 不思議だ。
「異物を検知した世界は辻褄を合わせるために、異物をこちらの世界へと引き込もうとする。あなたが今、レラージェと触れ合えているのはそのせい」
「ふーん……は?」
それってもしかして。めちゃくちゃ危ない状態なのではないのか? そういえば周りを見てみれば、今まで殺風景だったはずの世界が色とりどりのそれへと変貌していっている。もしかして、もしかすると――。
「タイムリミットまであと五分もない。このままではわたしたちはこの世界から抜け出せなくなる。」
「そういう重要なことはもっと早く言えよっ!?」
「こんなに時間がかかるとは思ってなかった。これも、話し合いをしなかった誰かたちのせい」
銀の髪を揺らしながあ、ソロモン王は紅の瞳で悪魔たちを睨み付ける。地獄の支配者たちは誰も彼も自分は無関係といわんばかりに、そっぽを向いた。
「……ともかく諏訪野夕、手を」
「ん、ああ」
「あ……」
夕は言われたとおりに、手を出すべく、レラージェから手を離した。一瞬、名残惜しげな声が聞こえたので、目をやったが、いつの間にか外套を着込んでいた黒髪の少女に睨まれたので、気が付かなかったふりをする。
ともかく、夕はその少し荒れた手をソロモン王へと差し出した。
差し出された手を取り、ソロモンは何事かを呟く。それとほぼ同時、二人の足元に不思議な方陣が展開された。それに驚きの声を上げる間もなく、夕は光に呑まれ――本日、何度目かになる気絶を体験したのだった。
訓練を受けていた時でもここまで気絶しなかったぞ俺。そんなくだらないことを考えがながら――。
レラージェの解説は次週以降で。一応、ことわっておきますと、本来のレラージェは男です。ソロモン72柱は72柱もいるのに、女性が3柱くらいしかいないんですよねぇ(あくまでも晩成調べです。かくじつではありません)
やっぱりきちんと設定を練っておかないと、主人公が受けて受けてに回ってしまって動かし辛いです。もっと我の強い確固たるものを持つ主人公にすればよかった後悔していたり。
まあ、突っ込み役とボケ役の両方をこなせている感じがあるので、それはいい感じなのでしょうか。
誤字脱字は後日修正いたします。それでは。




