母への手紙
清江の戦いから三週間が過ぎた。
日東軍は黎国北部を越え、華嶺国の領土へ入っていた。
秋はすでに終わりかけていた。山から吹き下ろす風は冷たく、夜になると水たまりの表面に薄い氷が張った。夏用の軍服しか持たない兵士たちは、毛布や麻袋を身体に巻いて寒さをしのいだ。
敵の弾より先に、病気で倒れる者が増えた。
腹を壊し、熱を出し、そのまま立てなくなる。道端には歩けなくなった兵士が座り込み、通り過ぎる部隊を黙って見送っていた。
「敵は弱いんじゃなかったのか」
源次が咳をしながら言った。
「逃げてばかりだと聞いていた」
「逃げながら撃ってくる奴が、一番厄介なんだ」
二人は火の消えかけた焚き火を挟み、背中を丸めていた。
敵の姿は見えなくても、どこからか弾が飛んでくる。華嶺軍の兵士だけではない。軍服を着ていない農民や猟師までが山に潜み、日東兵を襲っているという。
兵士たちは、道ですれ違う農民を見るたびに銃へ手をかけるようになった。
老人でも、女でも、服の下に武器を隠しているかもしれない。
子供であっても、部隊の位置を敵へ知らせるかもしれない。
誰が敵なのか分からなかった。
だから、全員を敵だと思うのが最も安全だった。
「家に手紙を書いたか」
源次が尋ねた。
「昨日書いた」
「何て?」
「元気にしている。食事も十分にある。戦争はすぐ終わるって」
「全部嘘じゃないか」
「本当のことを書けるか?」
慎太郎は懐から折り畳んだ便箋を取り出した。
母上様。
こちらは皆、元気にしております。食べ物にも困らず、温かい寝床も用意されています。戦いは日東国の勝利が続いており、私も近いうちに帰れると思います。
小春にも、心配しないようお伝えください。
そこまで書いたところで筆が止まっていた。
最初の戦場で人を殺したことは書かなかった。
夜になると、その青年が夢に出てくることも書かなかった。
夢の中で青年は何度撃っても倒れない。銃弾を受けるたびに、少しずつ慎太郎へ近づいてくる。そして最後には母の顔になり、なぜ自分を撃ったのかと尋ねる。
慎太郎は答えられないまま目を覚ます。
目覚めると、引き金を引いた右手が震えている。
「なあ、慎太郎」
源次が火に枯れ枝を加えながら言った。
「俺たち、本当に正しいことをしているんだよな」
慎太郎は便箋を畳んだ。
「考えない方がいい」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
「命令されたとおりに進んで、命令されたとおりに撃つ。それだけだ」
「お前がそんなことを言うとはな」
源次は寂しそうに笑った。
慎太郎も笑おうとしたが、うまくいかなかった。
遠くで銃声が一発鳴った。
二人は同時に会話をやめ、銃へ手を伸ばした。
その夜、慎太郎は手紙の最後に一文だけ書き加えた。
――どうか、私のことを誇りに思ってください。
だが、翌朝になって読み返すと、その一文を黒く塗りつぶした。




