水
戦闘は昼すぎに終わった。
日東軍は清江南岸の陣地を占領し、華嶺軍は北へ退却した。
兵士たちは勝ったと喜んだ。
軍旗が丘の上に掲げられると、万歳の声が起きた。源次も帽子を振りながら叫んでいた。
慎太郎も腕を上げた。
だが、声は出なかった。
足元には敵兵の遺体が横たわり、その間に日東兵の遺体も混じっていた。軍服の色が違うだけで、死んだ姿に大きな違いはなかった。
「初めてにしては、よくやった」
小隊長が慎太郎の肩を叩いた。
「敵を一人仕留めたそうだな」
慎太郎はうなずいた。
「怖かったか?」
「はい」
「最初だけだ。そのうち慣れる」
小隊長は笑い、別の兵士のところへ向かった。
そのうち慣れる。
慎太郎は自分の手を見た。
引き金を引いた右の人差し指だけが、自分の身体ではないように感じられた。
日が傾くころ、捕虜が集められた。
負傷した華嶺兵たちが、崩れた土嚢の前に座らされている。大半はうつむき、数人は傷の痛みにうめいていた。
慎太郎がその前を通ると、一人の捕虜が手を伸ばした。
「水……」
言葉は違っていたが、その意味は分かった。
捕虜はまだ少年のように見えた。脚から血を流し、唇が白く乾いている。
慎太郎は周囲を見た。
見張りの兵士は、少し離れた場所で仲間と話していた。
慎太郎は自分の水筒を外した。
捕虜の前にしゃがみ、口元へ運ぶ。
少年は水筒を両手でつかみ、夢中で水を飲んだ。水が口の端からこぼれ、汚れた軍服を濡らした。
「ゆっくり飲め」
通じないと分かっていながら、慎太郎は言った。
少年は水筒から口を離すと、何度も頭を下げた。
その顔を見た瞬間、慎太郎の胸が痛んだ。
朝、自分が撃った青年の顔が重なった。
あの青年も、まだ生きていれば水を欲しがったかもしれない。
「何をしている!」
見張りの兵士の声が飛んだ。
慎太郎は立ち上がった。
「勝手に捕虜へ物を与えるな」
「水くらいは」
「そいつらは敵だぞ」
見張りは慎太郎から水筒を奪い、地面へ投げた。
「敵に情けをかければ、次に死ぬのはお前か、隣にいる仲間だ」
慎太郎は何も言い返せなかった。
少し離れた森の中から、その光景を見ている者がいた。
明遠だった。
撤退の途中ではぐれ、森に身を隠していた。日が沈むのを待ち、味方の部隊を追おうとしていた。
木々の隙間から、若い日東兵が捕虜に水を与える姿が見えた。
明遠は銃を構えていた。
距離は遠かったが、撃てない距離ではなかった。
引き金に指をかけた。
趙俊の顔が浮かんだ。
小蓮の髪を包んだ布が、胸元に触れている。
あいつらは敵だ。
趙俊を殺した。
自分たちの国へ攻め込んできた。
一人残らず殺すべきだ。
それでも、明遠は撃てなかった。
水を与えていた兵士の横顔が、弟の明浩に少し似ていた。
慎太郎は水筒を拾い、泥を拭った。
ふと誰かに見られているような気がして、森の方を見た。
木々の間には、すでに誰もいなかった。
明遠は銃を下ろし、暗くなり始めた森の奥へ歩いていった。
二人の間には、まだ名前も言葉もなかった。
慎太郎にとって明遠は、森の中に潜む敵だった。
明遠にとって慎太郎は、憎むべき日東兵の一人だった。
その日、慎太郎は初めて人を殺した。
明遠は初めて、敵を心から殺したいと思った。
そして二人とも、自分の中に残っていた優しさを、誰にも見つからない場所へ隠した。




