趙俊
最初の砲弾が落ちたとき、趙俊は娘の髪を見ていた。
明遠の隣で、いつものように布を開いていた。
「また見ているのか」
「これを見ると弾が当たらん気がする」
「だったら俺にも一本くれ」
「駄目だ。お前には弟がいるだろう」
趙俊が布を懐へ戻した直後、塹壕の外で爆発が起きた。
土嚢が吹き飛び、土と煙が二人の上へ降り注いだ。
明遠は地面に倒れた。
何も聞こえなかった。
世界から音だけが消え、趙俊が口を動かしているのが見えた。
やがて耳鳴りの向こうから、少しずつ音が戻ってきた。
大砲。銃声。負傷者の悲鳴。指揮官の怒鳴り声。
「日東軍が川を渡っている!」
明遠は塹壕から銃だけを出し、対岸へ向けて撃った。
肩に強い衝撃が走る。
弾がどこへ飛んだのかは分からなかった。
もう一度装填しようとしたが、手が震え、弾を落とした。
「落ち着け!」
趙俊が叫んだ。
「息を吐け! 訓練どおりにやれ!」
「訓練どおりって、どうやるんだ!」
「俺も忘れた!」
二人は一瞬だけ笑った。
その直後、塹壕の右側で日東兵が姿を現した。
趙俊が明遠を突き飛ばした。
銃声が重なった。
明遠は泥の中に倒れた。
起き上がると、趙俊が土嚢にもたれかかっていた。
「趙俊?」
返事はなかった。
胸に、小さな穴が開いていた。
軍服の穴から血が流れ出し、腹のあたりに広がっていく。
明遠は趙俊の肩を揺すった。
「おい、立て。敵が来るぞ」
趙俊は明遠を見た。
その目にはまだ意識が残っていた。
「小蓮」
かすれた声で言った。
「分かっている。帰ったら屋根を直すんだろう」
「髪を……」
明遠は趙俊の懐に手を入れ、小さな布包みを取り出した。
「ここにある。なくしていない」
趙俊は安心したように、わずかに口元を緩めた。
「返してくれ」
「自分で返せ」
「妻に……」
「自分で返すんだ!」
明遠は傷口を両手で押さえた。
指の間から、温かい血があふれた。
「娘に……俺が逃げなかったと……」
趙俊の声が途切れた。
胸が一度だけ大きく動き、それから止まった。
明遠は趙俊の名を呼んだ。
何度も呼んだ。
しかし、もう返事はなかった。
味方の兵士が明遠の肩をつかんだ。
「撤退だ! 陣地を捨てろ!」
「こいつを運ぶ!」
「死んでいる!」
「まだだ!」
「死んでいるんだ!」
その言葉を聞いた瞬間、明遠の中で何かが切れた。
趙俊を殺した日東兵が、塹壕の向こうにいる。
娘の顔を見ることもなく、一滴の涙も流さず、次の人間を殺そうとしている。
日東兵も自分たちと同じ人間だと、昨夜まで明遠は考えていた。
間違っていた。
人間なら、趙俊を殺せるはずがない。
人間なら、生まれたばかりの娘から父親を奪えるはずがない。
明遠は趙俊の銃を取り、煙の向こうへ向けて撃った。
「死ね!」
もう一度撃った。
「死ね! 死ね!」
誰に当たったのかは分からなかった。
それでも引き金を引き続けた。
やがて弾がなくなると、明遠は趙俊の懐から娘の髪を包んだ布を取り出し、自分の服の内側へ入れた。
そして遺体を残し、味方とともに丘を下った。
弟との約束を守るためだった。
そう自分に言い聞かせた。




