古い銃
明遠の部隊が青海を出発したのは、それから二日後だった。
沿岸を守るはずだった新兵たちは、黎国方面での敗北を受け、急きょ清江へ送られることになった。
軍用列車の中は、人間と荷物で埋め尽くされていた。
兵士たちは床に座り込み、膝の上に銃を抱えている。窓は閉め切られ、汗と油と煙草の臭いが充満していた。
明遠の向かいには、趙俊という兵士が座っていた。
青海の町で靴職人をしていた二十四歳の男だった。日に焼けた顔に人懐こい笑みを浮かべ、入隊した初日から明遠に話しかけてきた。
「その銃、弾が右へ曲がるぞ」
趙俊が言った。
「弾が曲がるわけないだろう」
「俺のは左へ曲がる。お前のと交換すれば、ちょうどまっすぐ飛ぶんじゃないか」
周囲の兵士たちが笑った。
明遠も笑いながら、自分の銃を調べた。銃身の内側には汚れがたまり、銃床の木には深い亀裂が入っている。
「本当に撃てるのか、これ」
「撃てるさ。誰に当たるか分からないだけだ」
「それじゃ困る」
「心配するな。敵に向かって撃てば、どこかの敵には当たる」
趙俊はそう言って笑った。
彼には妻と、生まれたばかりの娘がいた。
入隊するとき、妻は泣かなかったという。泣く代わりに、家に戻ったら屋根を直すよう命じたらしい。
「去年から雨漏りしているんだ。寝床の真上にな」
趙俊は懐から小さな布を取り出した。
中には、赤ん坊の髪が数本包まれていた。
「娘の髪だ。俺が帰るころには歩いているかもしれん」
「名前は?」
「小蓮」
「いい名前だ」
「だろう? 俺がつけた」
「奥さんがつけた顔をしているけどな」
趙俊は声を上げて笑い、明遠の肩を叩いた。
列車は何度も止まった。
線路の上に倒木があったり、前方の列車が故障したり、軍の命令が変わったりした。そのたびに兵士たちは外へ降ろされ、理由も知らされないまま待たされた。
食料の配給も十分ではなかった。
出発時に渡された硬い饅頭は一日でなくなり、二日目からは薄い粥が一杯だけになった。兵士の何人かは停車した村で食べ物を盗み、住民と殴り合いになった。
「俺たちは国を守りに来たんじゃないのか」
明遠が言うと、趙俊は困ったように鼻をこすった。
「腹が減ると、国なんて見えなくなるんだろう」
列車が清江南岸へ到着したころには、全員が疲れ切っていた。
明遠たちに与えられた陣地は、川を見下ろす低い丘だった。華嶺軍はそこに浅い塹壕を掘り、土嚢を積み上げていた。
対岸には深い森が広がっている。
日東軍の姿は見えなかった。
「あの森の中にいるらしい」
趙俊が言った。
「何人いる?」
「一万人とも、十万人とも聞いた」
「違いすぎるだろ」
「敵の数なんて、撃ってみるまで誰にも分からんさ」
明遠は銃を握りしめた。
弟の明浩と交わした約束を思い出した。
必ず帰ってくる。
そう誓ったときには、戦争も約束を守ってくれるような気がしていた。
しかし、対岸の森を見ていると、そこにいる見知らぬ誰かが、自分と弟の約束を銃弾一発で終わらせるのだと気づいた。
その夜、森の奥にいくつもの火が見えた。
明遠は、あの火を囲んでいる敵兵たちの姿を想像した。
角の生えた怪物でも、人の血を飲む鬼でもない。
自分たちと同じように空腹を感じ、家族のことを考え、寒さに震えている人間なのだろう。
そう思うと、かえって恐ろしくなった。
人間なら、明遠と同じように、生きるために引き金を引くからだった。




