表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やさしい子  作者: こめい
4/26

白津の浜

輸送船が黎国の白津港へ着いたとき、空は鉛のような色をしていた。


雨は降っていなかったが、冷たい風が海から吹きつけ、甲板に立つ兵士たちの軍服をはためかせていた。港の外には日東国の軍艦が並び、その黒い煙突から吐き出された煙が低い雲に溶けている。


慎太郎は船べりから陸地を見た。


崩れかけた石造りの倉庫。折れた旗竿。岸壁に乗り上げた小舟。人の姿はほとんど見えなかった。


「これが外国か」


隣にいた源次が呟いた。


慎太郎が想像していた外国は、もっと奇妙な場所だった。見たことのない建物が並び、人々は理解できない言葉を叫び、空気の匂いまで違うと思っていた。


だが、実際に目の前にあるのは、故郷とそれほど変わらない海と山だった。


浜辺には海鳥が群れ、波打ち際には木片が流れ着いている。遠くに広がる畑では、収穫されないままの作物が風に揺れていた。


「こんなところまで来て、何をしているんだろうな」


慎太郎が言うと、源次は慌てて周囲を見た。


「聞かれたら叱られるぞ」


「誰にだ」


「誰にでもだよ」


そのとき、上官の怒鳴り声が飛んだ。


「上陸準備! 持ち物を確認しろ!」


兵士たちは一斉に動き出した。


慎太郎も銃を背負い、弾薬盒と水筒を確かめた。背嚢には毛布、替えの足袋、乾パン、母から渡された小さなお守りが入っていた。


陸へ降りると、靴の裏に異国の泥がまとわりついた。


港の入口には、黎国の老人と子供が集まっていた。彼らは兵士たちから距離を取り、不安そうに行進を眺めている。


慎太郎は一人の少女と目が合った。


年齢は小春と同じくらいだった。少女は母親らしい女の後ろに隠れ、それでも慎太郎から目を離さなかった。


慎太郎は安心させようと笑いかけた。


少女は怯えた表情のまま顔を背けた。


「怖がられたな」


源次が言った。


「俺たちは黎国を助けに来たんじゃないのか」


「そう聞いている」


「なら、どうしてあんな顔をするんだ」


源次は答えなかった。


行軍が始まると、港の風景はすぐに背後へ消えた。


日東軍は、黎国北部を流れる清江を目指していた。その向こうには華嶺国の遠征軍が陣地を築いているという。


上官は、敵軍は統制を失った弱兵の集まりだと説明した。


「華嶺兵は銃声を聞けば逃げる。数だけは多いが、恐れる必要はない」


兵士たちは笑った。


慎太郎も笑うふりをした。


しかし、道の脇に捨てられた荷車や、焼かれた民家を見るたびに胸がざわついた。壁には砲弾の痕が残り、庭先には割れた食器が散らばっている。井戸のそばには、持ち主を失った赤い子供靴が片方だけ落ちていた。


戦争とは、もっと遠くにあるものだと思っていた。


だが、その日は行軍の先にではなく、道の至るところに残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ