同じ海へ
慎太郎を乗せた輸送船が日東国の港を離れたのは、空にまだ星が残る早朝だった。
甲板には何百人もの兵士が並んでいた。
誰もが同じ軍服を着て、同じ帽子をかぶり、同じ銃を背負っている。農民も、職人も、学生も、軍服の中では区別がつかなかった。
「見ろ。国が消えていくぞ」
源次の声に、慎太郎は振り返った。
水平線の向こうに、故郷の島影が小さく残っていた。
あそこに母と小春がいる。
そう思うと、海へ飛び込み、泳いで戻りたい衝動に駆られた。
「怖いか?」
源次が尋ねた。
「少し」
「俺は怖くない」
源次の声は震えていた。
慎太郎はそれを指摘しなかった。
やがて島影が見えなくなると、兵士たちの間から軍歌が聞こえ始めた。一人が歌い、二人が続き、最後には甲板にいる全員の声になった。
慎太郎も口を動かした。
歌っている間だけは、恐怖を忘れることができた。
そのころ明遠は、青海の営舎で初めて銃を渡されていた。
銃床には無数の傷があり、金属部分には赤いさびが浮いていた。教官から弾の込め方を教えられたが、一度では覚えられなかった。
「敵が来るまでに覚えろ!」
教官が怒鳴る。
「覚えられなければ死ぬだけだ!」
周囲の兵士たちは笑った。
明遠も笑った。
笑う以外に、どうすればいいのか分からなかった。
訓練が終わると、明遠は海を見た。
東の水平線には何も見えない。
しかし、その向こうから日東国の軍艦と輸送船が近づいていた。
慎太郎もまた、船の上から西の海を見ていた。
二人の間に広がる海は、国境を知らなかった。
同じ風が二人の頬を撫で、同じ波がそれぞれの岸へ打ち寄せていた。
慎太郎は、華嶺国にも自分と同じように母や妹を残して兵士になった青年がいることを知らない。
明遠も、海の向こうから来る兵士の一人が、傷ついた雀を助けるような青年であることを知らない。
二人はまだ、互いの名前も、顔も知らなかった。
ただ家族を守りたいと願いながら、同じ海を挟んで、少しずつ近づいていた。




