二人
日が沈み始めていた。
青海の空は煙に覆われ、太陽は血のように赤く見えた。
建物の至るところから火が上がっている。消す者はいなかった。風が海から吹きつけ、炎を街の西側へ運んでいた。
慎太郎は逃げた華嶺兵を追っていた。
班の仲間とはぐれ、一人になっていた。
路地を曲がると、瓦礫の間に人影が見えた。
華嶺兵だった。
明遠も慎太郎に気づいた。
二人は同時に銃を構えた。
距離は二十歩ほどだった。
慎太郎は相手の軍服を見る。
華嶺兵。
敵。
それだけを考えようとした。
明遠も日東国の軍服を見る。
日東兵。
故郷へ攻め込んできた敵。
趙俊を殺した敵。
先生を殺した敵。
それだけを考えようとした。
慎太郎が引き金を引いた。
銃声はしなかった。
弾切れだった。
明遠も引き金を引いた。
こちらも弾が出なかった。
一瞬の静寂が訪れた。
二人は銃を捨て、腰の武器へ手を伸ばした。
慎太郎は銃剣を抜いた。
明遠は工房の主人から渡された拳銃を取り出した。
だが、拳銃にも弾は残っていなかった。
明遠は拳銃を投げ捨て、倒れていた兵士の剣を拾った。
二人は炎に照らされた通りで向かい合った。
慎太郎は明遠の顔を見た。
疲れ切った若者だった。
頬には煤がつき、額から血が流れている。自分とほとんど変わらない年齢に見えた。
明遠も慎太郎の顔を見た。
そこに怪物の姿はなかった。
やせた頬と、怯えを隠そうとしている黒い瞳。
どこかで見た顔のような気がした。
清江の森。
捕虜の少年へ水を与えていた日東兵。
遠くから一度見ただけだった。確信はない。
それでも、明遠の手が一瞬止まった。
慎太郎の背後で建物が崩れた。
炎と火の粉が空へ舞い上がる。
西の方角から、慈雲寺の鐘が鳴った。
一度。
二度。
そして途中で、不自然に音が途切れた。
明遠が慈雲寺の方を見た。
その隙に、慎太郎は踏み込もうとした。
だが、慎太郎も動きを止めた。
目の前の華嶺兵が、戦うことよりも鐘の音を気にしている。そのことが理解できなかった。
明遠の唇が動いた。
「母さん」
続いて、もう一つの名を呼んだ。
「明浩」
慎太郎には言葉の意味が分からない。
それでも、誰かの名前を呼んでいることだけは分かった。
慎太郎も、心の中で母と小春の名を呼んだ。
二人は再び武器を構えた。
互いの家族を守るために。
互いの家族が待つ場所へ帰るために。
目の前にいる、帰ろうとする青年を殺そうとしていた。
二人の間を、焼け焦げた新聞が舞った。
そこには大きな文字で、こう印刷されていた。
――祖国を守れ。
慎太郎には読めなかった。
明遠には、もうその言葉が何を意味するのか分からなかった。
遠くで日東軍の勝利を告げるラッパが鳴り始めた。
慈雲寺の三重塔は炎に包まれ、白い避難旗が黒く焼け落ちていった。
青海の街は燃えていた。
そして炎の中で、二人の最後の戦いが始まろうとしていた。




