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やさしい子  作者: こめい
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印刷工房

慎太郎たちは、夕暮れ前に印刷工房のある通りへ到達した。


建物の屋根には砲弾で開いた穴があり、入口には刷り上がった紙が散乱していた。


風が吹くたび、白い紙が鳥のように舞い上がる。


慎太郎は一枚を拾った。


華嶺国の文字で何かが印刷されている。


読むことはできなかった。


紙の上部には、銃を持って立つ華嶺兵の絵があった。その背後では、女と子供たちが手を振っている。


国を守れ。


家族を守れ。


書かれている言葉は分からなくても、その意味は想像できた。


日東国の駅で振られていた小旗を思い出した。


「中に敵がいるぞ!」


銃声がした。


隣の兵士が肩を撃たれた。


慎太郎は紙を捨て、工房の壁へ身を寄せた。


窓の奥に華嶺兵の影が見えた。


兵士たちは一斉に撃ち返した。


印刷機の鉄板に弾が当たり、甲高い音を立てる。活字箱が倒れ、無数の文字が床へ散らばった。


工房の主人は奥の部屋で拳銃を構えていた。


明遠は反対側の窓から射撃を続けた。


「裏口から出ろ!」


明遠が主人に叫んだ。


「お前が先に行け!」


「ここはもう守れない!」


主人は笑った。


「建て直すと言っただろう。誰かがここを守らなければならん」


「死んだら建て直せない!」


「だから、お前が生きろ!」


主人は入口へ向けて発砲した。


日東兵の弾が胸に当たった。


主人の身体が印刷機へ倒れかかり、回転していた歯車が止まった。


工房から音が消えた。


明遠は主人のもとへ駆け寄った。


「先生!」


主人は何かを言おうとした。


血のついた手で、床に散らばった活字を一つ拾った。


「教えろ」


かすかな声だった。


「子供たちに……文字を……」


主人の手から活字が落ちた。


小さな金属片が床を転がり、明遠の靴に当たって止まった。


それは「帰」という文字だった。


帰る。


帰郷。


帰還。


明遠は活字を拾い、強く握った。


「必ず戻る」


誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


工房の裏口から外へ出る。


日東兵が追ってきた。


明遠は細い路地へ入り、中央広場へ向かって走った。


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