退却命令
華嶺軍司令部では、将軍たちが街から脱出する準備をしていた。
青海を最後まで守ると布告した同じ日の午後、司令官は残った軍艦で北の港へ逃れることを決めた。
一般の兵士には知らされなかった。
明遠たちには、中央広場を死守せよという命令だけが届いた。
「増援は来るのか」
兵士が尋ねた。
伝令は答えなかった。
「司令官はどこにいる」
呉大成が問い詰めると、伝令は目をそらした。
その態度だけで、全員が理解した。
「俺たちを置いて逃げたのか」
兵士たちの間に動揺が広がった。
銃を捨てる者が現れた。
軍服を脱ぎ、住民に紛れようとする者もいた。
「逃げたい奴は逃げろ」
呉が言った。
誰もが呉を見た。
「ここに残っても褒美は出ない。将軍たちは、もう船の上だ。死んでも立派な墓など建たん」
呉は銃へ弾を込めた。
「だが、俺は残る。俺の家族がいる国を、好き勝手に歩かせるつもりはない」
明遠も弾を込めた。
守るべき国が何なのか、もう分からなかった。
逃げた将軍なのか。
敗北を勝利と印刷する役人なのか。
趙俊を古い銃で戦わせた軍なのか。
それでも、この街には母と弟がいる。
明遠にとっての祖国は、皇帝でも軍旗でもなかった。
母が眠る小さな家だった。
明浩と歩いた港だった。
主人と新聞を刷った印刷工房だった。
そして今は、二人が避難している慈雲寺だった。
「俺も残る」
明遠は言った。
呉はうなずいた。
「お前は東の通りを守れ。敵が印刷工房を抜ければ、中央広場へ入る」
明遠は工房へ向かった。
途中、日東軍の砲弾が近くの家に落ちた。
爆風で身体が地面へ投げ出された。
耳鳴りの中で顔を上げると、街の西側から黒い煙が上がっていた。
慈雲寺の方角だった。
明遠は立ち上がろうとした。
今すぐ寺へ戻らなければならない。
母と明浩を連れ出さなければならない。
しかし、通りの向こうから日東兵が現れた。
明遠は壁の陰に隠れ、銃を構えた。
慈雲寺へ向かうには、目の前の敵を退けるしかなかった。




