白い布
慈雲寺には、さらに多くの避難民が押し寄せていた。
本堂に入り切れない者は講堂や庫裏に詰め込まれ、回廊や軒下にも人々が座っていた。小さな子供を含め、境内には千人近い市民が集まっていた。
明浩は井戸から水を運び、母は横になったまま、泣いている幼い女の子の手を握っていた。
砲撃が近づくたびに、屋根の瓦が震えた。
「白い布が見えていないんじゃないか」
誰かが言った。
慧真は若い僧侶たちを連れ、鐘楼と三重塔へ上がった。
すでに掲げてある白い布の隣に、さらに大きな布を結びつける。布には華嶺国と日東国の両方の文字で「避難所」と書かれていた。
風を受けた白い布が、煙の立ち込める空に広がった。
日東軍の軍艦からも、陸上の部隊からも見えるはずだった。
実際、慎太郎の部隊はその白い布を見ていた。
「慈雲寺には近づくな!」
小隊長が改めて命じた。
「避難民がいる。誤射に注意しろ!」
だが、市街地の北側に残っていた華嶺軍の砲兵隊が、慈雲寺の北側へ大砲を移動させていた。
敵から身を隠せる石塀があり、丘の上から東側の市街地を見渡せたからだった。
寺の僧侶たちは大砲を置かないよう訴えた。
「ここには市民がいる!」
慧真が砲兵隊長の前に立った。
「寺を戦場にしてはならん!」
「寺の中へ置くのではない。塀の外だ」
砲兵隊長は答えた。
「ここを失えば、敵は中央広場まで進む。国を守るためだ」
「避難民を盾にするつもりか」
「敵が本当に寺を攻撃しないのなら、何の問題もない」
華嶺兵たちは僧侶を押しのけ、大砲を設置した。
ほどなく、慈雲寺の北側から日東軍へ向けて砲撃が始まった。
日東側から見れば、大砲は寺のすぐそばにあるように見えた。
「敵の砲撃地点を確認!」
日東軍の観測兵が叫んだ。
「大寺院の北、距離およそ八百!」
座標が後方の砲兵隊へ伝えられた。
慈雲寺ではない。
北側の華嶺軍砲兵陣地を狙う。
そう命令された。
日東軍の大砲が火を噴いた。
一発目は寺の北側の通りに落ちた。
二発目は石塀を吹き飛ばした。
三発目は大砲の近くに積まれていた弾薬箱へ命中した。
激しい爆発が起きた。
火柱とともに砲弾の破片や燃えた木片が空へ舞い、その一部が慈雲寺の屋根へ降り注いだ。
本堂に悲鳴が上がった。
屋根の端から細い煙が立ち始めた。
慧真は僧侶たちに水を運ぶよう命じた。
しかし、境内の井戸は負傷者と避難民のために使われ、十分な水は残っていなかった。
明浩も桶を持って走った。
「子供は本堂へ戻れ!」
僧侶に止められたが、聞かなかった。
「母さんを守るんだ!」
明浩は何度も水を運んだ。
火は消えなかった。
海からの風が吹くたび、炎は木造の屋根を這うように広がった。
鐘楼では、僧侶が鐘を鳴らし続けていた。
重い鐘の音が、燃える街に響き渡る。
一度。
二度。
三度。
やがて炎が鐘楼の梁へ移った。
焼けた縄が切れ、鐘を撞くための木が地面へ落ちた。
鐘の音が途中で途切れた。
明浩は燃え始めた屋根を見上げた。
「兄さん」
小さな声で呟いた。
「早く帰ってきて」




