海の向こうにあった町
慎太郎は、青海の街を沖合の輸送船から見ていた。
海沿いに石造りの倉庫が並び、その背後には無数の屋根が広がっている。丘の上には砲台があり、街の西側には寺の大きな屋根と三重塔が見えた。
これまで通過してきた村とは違う。
大きな街だった。
煙突から煙が上がり、港には船が行き交い、通りには小さな人影が動いている。そこに何万人もの人間が暮らしているのだと分かった。
「華嶺海軍は港を捨てて逃げたらしい」
甲板で兵士の一人が言った。
「それなら、すぐに落ちるな」
「大砲が残っている。陸軍も市内に立てこもっているそうだ」
慎太郎は黙って聞いていた。
源次が死んでから、必要のない会話をしなくなっていた。
食事をするときも、休むときも、他の兵士から少し離れて座った。
夜に夢を見ることも減った。
最初に殺した青年の顔も、乾パンへ手を伸ばした子供の顔も、少しずつ思い出せなくなっていた。
忘れたかったはずなのに、本当に忘れ始めると、それが恐ろしくなった。
「新田」
小隊長が呼んだ。
「はい」
「上陸後、お前の班は東門から市街地へ入る。目標は中央広場近くの守備軍司令部だ」
地図が広げられた。
青海の街が無数の線と四角で描かれている。
小隊長は一本の赤い線を指でなぞった。
「ここを進む。港湾地区を抜け、印刷所のある通りを西へ向かう」
「住民は残っているのですか」
「避難は通告してある」
「逃げられなかった者もいるのでは」
小隊長は慎太郎を見た。
「武器を持っている者は敵だ。持っていない者には構うな。ただし、服の下に武器を隠している場合もある。判断を誤るな」
慎太郎は地図の西側に描かれた寺の印に気づいた。
「これは?」
「慈雲寺という大寺院だ。避難民が集まっている」
小隊長は鉛筆で寺を囲んだ。
「軍事目標ではない。屋根に白い布を掲げている。艦隊にも砲兵隊にも、攻撃を避けるよう連絡されている。寺の中へは入るな」
慎太郎はうなずいた。
慈雲寺の三重塔は、船からでもよく見えた。
本堂の大屋根と塔には大きな白い布が掲げられ、冷たい海風の中ではためいている。
守られる場所が一つはある。
なぜか慎太郎は、少しだけ安心した。
その直後、港の砲台が火を噴いた。
輸送船の近くに水柱が立った。
日東国の軍艦が応戦する。
海面が震え、青海の街へ向けて巨大な砲弾が飛んでいった。
戦いが始まった。




