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やさしい子  作者: こめい
15/26

青海へ

明遠が青海へ戻った日、新聞には「我が軍、各地で大勝」と印刷されていた。


駅の壁には勝利を告げる紙が何枚も貼られ、華嶺軍が日東兵を追い払い、間もなく黎国の王都を奪還すると書かれていた。


しかし、駅へ入ってきた列車は負傷兵で埋まっていた。


頭に包帯を巻いた者。片腕を失った者。担架の上で動かない者。客車に乗り切れない兵士たちは、屋根のない貨車に積まれていた。


「どこで勝っているんだ」


呉大成が壁の新聞を剥がした。


紙の裏には、青海の商店が出した石鹸の広告が印刷されていた。


「新聞の中だろう」


明遠は答えた。


駅を出ると、故郷の街は以前とは別の場所になっていた。


店の多くは戸を閉ざし、通りには軍用の荷車が並んでいる。港へ向かう兵士と、内陸へ逃げようとする住民が道を埋め、怒鳴り声と泣き声が絶えず響いていた。


役人や裕福な商人たちは、家財を馬車に積んで街を離れていた。


一方、馬車を持たない者は、背負えるだけの荷物を抱えて歩いていた。老人を戸板に乗せて運ぶ家族もいれば、親とはぐれて泣いている子供もいた。


明遠は部隊の許可を得て、家へ向かった。


家の戸は開いていた。


「母さん!」


返事はなかった。


部屋には服や食器が散らばり、慌てて荷物をまとめた跡が残っていた。明遠はすべての部屋を探したが、母も明浩もいなかった。


食卓の上に、一枚の紙が置かれていた。


明遠へ。


西門から逃げようとしましたが、人が多くて進めません。軍が道を閉じたので、母さんと慈雲寺へ行きます。帰ってきたら、そこで会いましょう。


明浩。


文字は震え、ところどころ墨がにじんでいた。


明遠は紙を握りしめ、家を飛び出した。


慈雲寺は、青海の西側にある大きな寺だった。


三百年以上前に建てられた古刹で、高い山門の奥には広い境内があり、本堂、講堂、庫裏、鐘楼が並んでいた。丘の上に建つ三重塔は、港へ帰る船乗りたちの目印にもなっていた。


洪水や大火が起きるたび、慈雲寺は住民を受け入れてきた。


戦争が始まってからは、軍と寺の間で、境内へ武器を持ち込まないことが決められていた。屋根と山門には避難所を示す大きな白い布が掲げられ、日東軍へも寺を攻撃対象にしないよう使者が送られていた。


明遠が慈雲寺へ着くと、境内は人で埋め尽くされていた。


老人や女、子供たちが毛布にくるまり、炊き出しの粥を待っている。本堂に入り切れない者は回廊や講堂で横になり、負傷者は仏像の前に並べられていた。


「兄さん!」


人混みの向こうから明浩が走ってきた。


明遠は弟を抱きしめた。


「無事だったか」


「兄さんこそ」


明浩の身体は以前より細くなっていた。それでも腕の中に確かな温かさがあった。


母は本堂の隅に横たわっていた。


避難の途中で足を痛め、熱も出していた。明遠の顔を見ると、安心したように笑った。


「帰ってきたのね」


「遅くなってごめん」


「約束を守ったじゃない」


明遠は何も言えなかった。


帰ってきたのではない。


戦うために戻ってきたのだ。


「ここも危ない。動けるようになったら街を出よう」


「西門は閉じられているよ」


明浩が言った。


「北の道も軍が使っている。避難民は通してもらえない」


明遠は唇をかんだ。


港には役人を逃がすための船が残されているという。だが、市民を乗せる船はなかった。


慈雲寺の住職である慧真が近づいてきた。


白い眉を持つ老僧だった。戦争が始まるまでは、境内を走り回る子供たちを穏やかに叱っていた。今は汚れた法衣を着て、休むことなく負傷者の世話をしていた。


「屋根と山門に白い布を掲げています。日東軍にも、ここが避難所であることは伝えてあります」


「敵が約束を守ると思うのですか」


明遠が尋ねると、慧真は静かに答えた。


「守ると信じるほかありません」


本堂の奥では、大きな仏像が避難民を見下ろしていた。


穏やかな顔だった。


明遠は信心深い人間ではなかった。祈ったところで砲弾が止まるとは思っていない。


それでも、この場所だけは戦場にならないでほしいと願った。


「兄さんも、ここにいればいい」


明浩が言った。


明遠は弟の顔を見た。


「俺は兵士だ」


「だから何だよ。兄さん一人が戦わなくても同じだろ」


「俺一人がそう思えば、他の兵士も同じことを思う」


「みんなが戦わなかったら、戦争は終わるじゃないか」


明遠は答えられなかった。


母が弱い声で言った。


「明浩、兄さんを困らせてはいけません」


「でも……」


「明遠には、明遠がしなければならないことがあるのでしょう」


本当にそうなのだろうか。


誰が決めたのだろう。


明遠が戦わなければならないことを。


慎太郎が海を渡らなければならないことを。


趙俊が娘を残して死ななければならないことを。


その答えを知る者は、慈雲寺にも、軍の営舎にもいなかった。


「日が暮れる前に部隊へ戻らないと」


明遠は立ち上がった。


母は明遠の手を握った。


「生きて戻りなさい」


「うん」


「もう一度、約束して」


明遠は明浩を見た。


弟は涙をこらえながら、あの日と同じように小指を差し出していた。


明遠も小指を絡ませた。


「必ず戻る」


二度目の約束は、一度目よりもずっと重かった。

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