敵になる
数日後、明遠のもとへ青海から来た避難民がたどり着いた。
日東軍が進撃し、北部の村々が焼かれているという。
軍から届いた報告には、敵兵による残虐な行為が詳しく記されていた。食料を奪い、抵抗した住民を殺し、家に火をつけたと書かれている。
明遠は報告書を握りしめた。
その中に、慎太郎が火をつけた村の名もあった。
日東兵がなぜその村を焼いたのかは書かれていなかった。
村から銃撃を受けたことも、一人の日東兵が殺されたことも、何も書かれていなかった。
ただ、日東軍が民家を焼き、住民を殺害したとだけ記されていた。
それは嘘ではなかった。
しかし、すべてでもなかった。
「青海の住民も避難を始めたそうだ」
兵士の一人が言った。
「敵は港を狙っている」
「家族は?」
「分からない。道は避難民で埋まっているらしい」
明遠は弟の顔を思い出した。
必ず帰ってくる。
あの約束が、急に遠いものに感じられた。
帰るべき家そのものが、なくなるかもしれない。
「青海の防衛隊を募っている」
呉大成が言った。
「故郷を守りたい者は、転属を願い出られるそうだ」
明遠は迷わなかった。
「俺は行く」
「激しい戦いになるぞ」
「だから行くんだ」
明遠は懐に手を当てた。
小蓮の髪を包んだ布と、弟のために買った小さな筆が入っていた。
慎太郎はその夜、母への手紙を書こうとした。
けれど、何も書けなかった。
源次が死んだこと。
敵へ向けてためらわず引き金を引いたこと。
自分が投げた松明から村が燃えたこと。
何一つ、母には伝えられなかった。
慎太郎は白紙の便箋を火へ入れた。
紙は端から黒くなり、文字が書かれることのないまま灰になった。
明遠も、弟への手紙を書かなかった。
必ず帰るという言葉を、もう一度書く勇気がなかった。
海の東側では、慎太郎の母が息子からの手紙を待っていた。
海の西側では、明遠の弟が兄からの手紙を待っていた。
だが、二人の青年は何も送らなかった。
戦争が進むにつれ、慎太郎は華嶺人の顔を見なくなった。
明遠も、日東人の声を聞かなくなった。
顔を見れば迷いが生まれる。
声を聞けば、その人間にも家族がいると気づいてしまう。
二人は生き残るために、相手を人間ではなく敵として見ることを覚えた。
同時に、自分自身もまた、誰かの敵になっていることには気づかなかった。




