火
山間の村を出て二日目、日東軍の縦隊が銃撃を受けた。
雪に覆われた細い道だった。
最初の一発で、先頭を歩いていた兵士が倒れた。続けて左右の林から銃弾が飛んできた。
「伏せろ!」
慎太郎と源次は道端の溝へ飛び込んだ。
敵の姿は見えない。
木々の間に煙が上がり、撃った直後には消える。
日東兵たちは林へ向かって一斉に撃ち返した。
「右から回り込め!」
命令を受け、慎太郎と源次は数人の兵士とともに斜面を登った。
雪に足を取られ、息が切れた。
林の奥で人影が動いた。
軍服ではない。毛皮を着た猟師のような男だった。男は銃を抱え、村の方向へ逃げていった。
「追え!」
慎太郎たちは後を追った。
男は村の外れにある納屋へ逃げ込んだ。
兵士たちが周囲を囲む。
「出てこい!」
言葉が通じるはずもなかった。
中から銃声がした。
慎太郎の隣にいた源次が倒れた。
「源次?」
慎太郎はその場に膝をついた。
源次の首から血が流れていた。
両手で押さえようとしたが、血は指の間からあふれた。
源次の口が動いた。
「帰りたい」
かすかな声だった。
「帰れる。すぐに衛生兵が来る」
「嘘をつくな」
源次は笑おうとした。
しかし、その表情のまま身体から力が抜けた。
「源次」
返事はなかった。
幼いころから一緒だった。
川で魚を捕り、祭りの夜には酒を盗み、同じ日に召集令状を受け取った。
一人ではないから大丈夫だと言った。
稲刈りが終わるころには、一緒に帰るつもりだった。
慎太郎は立ち上がった。
納屋の中には、源次を撃った男がいる。
その男にも家族がいるかもしれない。
村を守ろうとしただけかもしれない。
そんな考えは、もう浮かばなかった。
「火をつけろ」
小隊長が命じた。
兵士が納屋の壁へ油をまいた。
慎太郎は松明を受け取った。
炎が風に揺れている。
「やれ、新田」
慎太郎は松明を投げた。
乾いた藁へ火が移り、瞬く間に壁を這い上がった。
中から男の叫び声が聞こえた。
戸が開き、炎に包まれた人影が飛び出してきた。
慎太郎は銃を構えた。
今度は相手の顔を見なかった。
引き金を引いた。
男は雪の上へ倒れた。
燃え移った炎が納屋から隣の家へ広がった。強い風にあおられ、火の粉が村の中心へ飛んでいく。
「家の中に人がいる!」
誰かが叫んだ。
女と子供が、燃え始めた家から逃げ出してきた。
慎太郎は助けに向かおうとした。
だが、小隊長が命じた。
「撤収する! 敵の増援が来る前に離れろ!」
慎太郎は燃える村を見た。
子供を抱いた女が、火の中にいる誰かの名を叫んでいる。
慎太郎は一歩だけ村へ向かった。
その足が止まった。
源次の遺体が目に入った。
慎太郎は村に背を向けた。
仲間とともに山道を歩き始める。
背後から泣き声と、家が崩れる音が聞こえた。
火の明かりが雪を赤く染めていた。




