第七話 小国の記憶
ソウノクニの国境には、古い石碑が立っている。
革命で亡くなった者たちの名前が刻まれていた。
国境警備に志願した若者が、石碑の前で老人に尋ねた。
「キョウソは、なぜこの国から追放されたのですか」
老人は石碑の苔を落としながら答えた。
「追放したのは政府ではない」
「では、誰が」
「国民だ」
かつてキョウソの宗教団体は、ソウノクニでも慈善活動を行っていた。
食料を配り、孤児院を建て、政治家へ寄付をした。
人々は感謝した。
やがて寄付を受けた議員が、宗教団体への監査を止めた。
警察署長が信者になった。
裁判官の家族が関連企業へ雇われた。
異変に気づいた記者が記事を書いた。
記者は失踪した。
そこで国民は、記者一人の問題にしなかったのだ。
教師が記録を集め、商人が金の流れを追った。
役人が内部文書を持ち出した。
農民が集会へ食料を運んだ。
弁護士が逮捕者を弁護した。
外国へ逃げた者が情報を送った。
誰か一人が英雄だったわけではない。
全員が、自分にできることをした。
何年もかかった。
死人も出た。
政府は一度崩れた。
だが、宗教団体の資産は差し押さえられ、キョウソは国外追放された。
老人は石碑に手を置いて誇らしげに言った。
「先人たちは命をかけて戦った。おかげで今のこの国がある。」
若者は、国境の向こうを見た。
キーツの国から逃れてくる者が増えていた。
新聞記者。
検事。
医師。
家を失った市民。
ムクルの家族もいた。
ソウノクニ政府は、亡命者を受け入れるか議論した。
危険だという声もあった。
キョウソの信者が紛れ込む可能性もある。
経済的負担も大きい。
それでも国境は完全には閉じなかった。
受け入れた者たちから、情報を集めた。
献金記録。
司法文書。
外交上の密約。
違法手術の記録。
それらを複写し、複数の経路でキーツの国へ送り返した。
一つが奪われても、別の一つが届くようにした。
「なぜ、そこまでするのです」
若者が尋ねた。
老人は答えた。
「隣の家が燃えているとき、自分の家の壁だけ濡らしても意味はない」
その頃、キーツはソウノクニを敵対国家と呼んでいた。
国外から虚偽情報を流し、国家を混乱させていると演説した。
国民の一部は信じた。
一部は信じなかった。
多くは、何を信じればいいかわからなくなっていた。
ソウノクニから届いた資料を受け取った市民たちは、地下室で複写を始めた。
紙が足りなくなると、古い教科書の余白へ印刷した。
インクが足りなくなると、手書きで写した。
一人が逮捕されると、別の者が引き継いだ。
夜明け前、複写された文書は町中の扉の下へ差し込まれた。
朝、人々は自分の国で何が起きているかを読んだ。
初めてではなかった。
だが今度は、隣人も同じ紙を持っていた。




