第五話 正しい判決
シンパンカンの部屋には、秤の置物がある。
片方の皿には金貨。
もう片方には羽根。
いまそれは金貨の側へ大きく傾いている。
傾く天秤など、初めはただのジョークアイテムだったのだ。
今では誰も笑えなくなっていた。
「んで、今度はだれを?」
シンパンカンは書類を受け取りながら言った。
秘書は被告人の名を告げた。
宗教団体の幹部。
信者から財産を奪い、逃げようとした一家を監禁した罪に問われている。
証拠は十分だった。
被害者の証言もある。
医師の診断書もある。
施設からは拘束具が見つかっていた。
「ふう~ん」
「無罪で、と」
秘書が言った。
「理由は?」
「捜査手続きの違法性」
「違法だったのか」
「これから違法だったことになります」
シンパンカンは鼻を鳴らして笑った。
かつて彼女は、有能なな判事だった。
若い頃、権力者の息子へ有罪判決を出したことがある。
新聞は彼女を正義の人と称えた。
その後、昇進が止まった。
地方を転々とし、家族ともども疲弊した。
十年後、ある事件で政府の意向に沿った判断を出した。
翌月、中央へ戻された。
正しい判決とは何か。
彼女は考えるのをやめた。
なにかが壊れる音を聞いたような気がする。
法に従う判決か。
国に従う判決か。
自分を守る判決か。
答えがでないなら、得をするものを選べばいい。
最初は一度だけのつもりだった。
次は、前例があるから仕方がないと思った。
その次からは、理由を考えなくなった。
無罪判決が出ると、被害者一家は国外へ逃れた。
逃亡先はソウノクニだった。
国境の小さな町で、彼らを受け入れた役人は、古い記録を見せた。
かつてキョウソの宗教団体が、同じ方法で土地と財産を奪っていたこと。
警察内部へ信者を送り込み、告発者を拘束していたこと。
裁判官へ献金し、証拠を消していたこと。
「同じことが起きています」
役人は言った。
被害者の父親は答えた。
「うちの国には裁判所があります」
「建物のことではありません」
ソウノクニの役人は静かに言った。
「その判決は信じられるものですか?」
その記録は、密かにキーツの国へ送られている。
受け取った若い検事は、上司へ提出した。
翌日、検事は別部署へ異動となった。
資料は紛失した。
一部を複写していた事務官は、市民団体へ渡した。
市民団体は新聞社へ持ち込んだ。
新聞社は掲載をためらった。
宗教団体から広告を受けていた。
政府からあからさまな警告が出ていた。
編集会議は朝まで続く。
「証拠はある」
記者が言った。
「だからこそ危険なんだ」
社長が答えた。
「出せば会社が潰れる」
「出さなければ国が潰れます」
その記事は、小さな地方紙だけが掲載した。
発行部数は少なかった。
だが一部が複写され、工場や学校、駅の壁に貼られた。
翌週、地方紙の印刷所で火災が起きた。
原因は電気系統の不具合とされた。
同じ頃、シンパンカンの孫は外国の学院へ留学した。
費用は宗教団体の関連財団が負担した。
シンパンカンは秤の置物を眺めた。
羽根の上に、埃が積もっていた。
彼女は指で払おうとした。
しかし途中でやめた。




