第四話 空席
それから月日が流れた。
キーツが初めて議会へ入った日、彼女の席は最初から用意されていた。
選挙結果が確定する前に、すでに名札が置かれていた。
新人議員が入るには不自然なほど前方に。
「ずいぶん期待されているのですね」
議会職員が言った。
キーツは笑った。
「期待やない。ここがあたしの場所や」
キーツの選挙区では、対立候補の事務所が投票日の前夜に捜索を受けていた。
容疑は不正献金だった。
証拠は見つからなかったが、新聞は大きく報じた。
翌朝、候補者は降版した。
その捜索を命じた司法官をキーツは知っている。
毎月のようにキョウソの関連施設で見かけていた顔だからだ。
選挙運動の費用は、名もない複数の団体から支払われていた。
寄付者名簿には、すでに死亡した者や、存在しない住所が並んでいた。
誰もが異常に気づいていた。
だが、一つ一つは小さかった。
書類上の不備。
手続き上の例外。
緊急性を理由にした捜査。
確認不足による誤報。
たとえそれらが意図的なものであったとしても。
誰かが声を上げても、別の誰かその口を覆った。
ともあれキーツは議員になった。
初登院の日、廊下の先にキョウソがいた。
公には宗教団体の顧問として紹介されたことになっている。
「よくやった」
「当然や」
「次は委員会だ」
「どこでもええよ。上へ行けるなら」
「まずは組織を覚えろ。動かせる者たちが大勢いる」
キョウソが渡したメモには、議員たちの名前が並ぶ。
借金のある者。
愛人のいる者。
子どもを海外の学校へ入れた者。
関連企業から便宜を受けた者。
捜査対象になり得る者。
キーツは手の中の紙きれを眺めた。
「全員、使えるん?」
「使えない人間はいない。弱みのない人間などいないからだ」
それから数年、キーツはさまざまな法案を通した。
宗教法人への監査を緩和する法案。
外国からの寄付金を非公開にする法案。
治安維持を名目に、市民団体の通信を監視する法案。
移民受け入れの審査を簡略化する法案。
特定の国へ多額の援助を複数回行う法案。
どれも単独では、国家を滅ぼすほどのものではない。
委員会では専門用語が並び、審議は最小限の時間で行われた。
新聞はある芸能人議員の不倫を一面に載せた。
法案に反対した若い議員は、翌週、家族の不祥事を報じられた。
証拠の出所はわからない。
議員は辞職し、だれもそのことを話題にしなくなった。
空いた席には、宗教団体の推薦を受けた候補者が座った。
ブンカンは、最初からキーツを支持していたわけではなかった。
彼は慎重な政治家だった。
国をよくするより、失敗しないことを重んじた。
キーツが勢力を伸ばすと、反対する危険より、従う利益を選んだ。
「時代の流れだ」
彼は妻にそう説明した。
「彼女には力がある。力のある者と協力してこそ、政策は実現できる」
妻は尋ねた。
「どういう政策を?」
ブンカンにはなにも答えられなかった。
キーツが首相候補になった頃、すでに議会の三分の一が彼女の派閥に属していた。
残りの多くも、反対できなかった。
司法が動く。
新聞が動く。
票が消える。
仕事が消える。
それなのに人々は、選挙が続いているから民主主義も続いていると信じていた。
投票所もあった。
議会もあった。
裁判所もあった。
ただし、誰が選ばれるかは、選挙の前に決まっていた。
キーツが首相に選出された日、議場には多くの拍手が響いた。
立ち上がらない議員は数人しかいなかった。
キーツは演壇から見渡した。
かつて自分を選ばなかった者たちが、全員立っている。
その光景は、これまでに見たこともないような満足感をもたらした。
たとえ議場の外で、市民が抗議の紙を掲げていたとしても。
キーツはそれを見なかった。
演説を終え、首相の席へ向かった。
そこにも、すでに彼女の名札が置かれていた。
すべてが予定どおりだった。




