第三話 機械の脚
その日は突然やってきた。
手術室には窓がない。
壁も床も白く、その境目がわからないほど明るかった。
十六歳になったキーツは手術台に横たわり、革の帯で身体を固定されていた。
「怖いか」
イシが尋ねた。
まだ若い。
手袋をはめた指が、わずかに震えている。
「怖ない」
キーツは天井をにらんだ。
そうしていないと自分が保てなかったからだ。
「痛いだけやろ」
イシの返事はない。
手術台の脇には、人間の脚のような部品が置かれていた。
皮膚に似た膜で覆われ、その内側には金属の骨格と細い導線が走っている。
人間の身体へ接続する、禁じられた技術だった。
神経を切断し、記憶と感覚を人工回路へ移し替える。
成功例はほとんどない。
失敗した者の記録すら残されていない。
「おかあさんは、これで強くなれる言うた」
「強くなるための手術ではない」
「ほな、なんや」
イシの表情は見えない。
「命令に耐えられる身体を作る」
「同じことやろ」
「違う」
医師の声は低かった。
「痛みを感じなくなることは、傷つかなくなることではない」
扉が開いた。
キョウソが入ってきた。
「準備が遅い」
イシは目を伏せた。
「まだ本人への説明が」
「必要ない」
「不可逆的な処置です。切断した組織は戻せません」
「本人は望んでいる」
キョウソはキーツを無造作に見て言った。
「そうだな?」
キーツは医師の顔を見つめている。
この男は、自分を止めたいのだろうか。
哀れんでいるのだろうか。
それが無性に腹立たしかった。
「そう、あたしが決めたんや」
「何を得るために?」
イシが尋ねた。
「全部や」
キーツは笑ってみせた。
「金も、地位も、人を動かす力も。おかあさんは、あたしならてっぺんまで行ける言うた」
「そのために脚を失うのか」
「脚一本でなら安いやろ」
イシは何も言わなくなった。
麻酔が入る。
意識が沈む直前、キーツはキョウソの手を探した。
キョウソは握らなかった。
手術は十四時間続いた。
右脚は膝の上から切断され、切断面に接続器具が埋め込まれる。
神経は一本ずつ人工回路へ縫いつけられていった。
一度キーツの心臓が止まった。
イシは無言で蘇生した。
二度目に止まったときも機械的に蘇生を繰り返した。
助手の一人が、もう無理だと言っても
イシは手を止めることはなかった。
止められなかった。
自分が始めたのだ。
自分が完成させなければならない。
そう考えることでしか、続けられなかった。
キーツは、燃えるような右脚の痛みで目を覚ました。
存在しないはずの肉が裂かれ続けているようだった。
声にならないような叫び声を上げ、拘束具に爪をたてた。
キョウソは寝台のそばで見下ろしている。
「耐えろ」
「痛い!」
「選ばれた者は痛みに負けないはずだ」
「おかあさん・・・」
「立て」
まだ接続に確認もできていない。
イシが止めた。
「無理です。定着していない」
「立て」
キョウソは冷たく繰り返した。
キーツは歯を食いしばり、身体を起こした。
人工の足裏が床に触れる。
感覚はある。
冷たさも、硬さも。
だが、それは自分の感覚ではない。
誰かから借りた情報が、脳へ送り込まれているようだった。
無理やり立ち上がって一歩進んだ。
ひざが崩れ、床へ倒れこんだ。
キョウソは見下ろしている。
「もう一度」
生ぬるい血が接続部から流れだす。
イシはその赤い流れを呆けたように見ていた。
自分が作ったものを見ていた。
少女の身体を壊し、命令を実行する機械へ変えたのは、キョウソではない。
ほかならぬ自分の手だ。
その後数年にわたり、イシは同じ手術をほかの信者にも行う。
そのたびに、このときの少女の叫びを思い出した。
それでも手を止めなかった。
研究費を失うのが怖かった。
宗教団体に逆らうのが怖かった。
違法行為を告発されるのが怖かった。
止めるべき理由はいくつもあった。
続ける理由は、恐怖一つ。
それだけで十分すぎた。




