表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビに噛まれる。相棒AIは「おめでとう、統計上の死亡例だ」と言った  作者: makubes
2章「彷徨」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/16

第11話「初夏」

 振りかぶったスレッジハンマーが、蛍光灯の名残を弾いて鈍く光る。

 叩きつけると、金属同士がぶつかる甲高い音が保管庫の壁に反響した。

 一撃目、扉の中央がわずかに沈む。

 二撃目、蝶番のあたりに亀裂じみた筋が走る。

 三撃目を叩き込むと、扉全体が内側へたわみ、縁の塗装が剥がれて粉のように散った。


「変形率、二十パーセントを超えた」

 キーロンの声が淡々と数字を刻む。

「あと二、三撃だ」


 肩の筋が軋む感覚はあるが、痛みとしては遠い。

 四撃目、扉の下端が浮き、蝶番の片方が根元から折れる。

 五撃目を叩き込んだ瞬間、残った蝶番が耐えきれず外れ、扉は分厚い音を立てて内側へ倒れ込んだ。


 埃が舞い上がり、非常灯の光にゆっくりと沈んでいく。


 棚には、拳銃と実包の箱が整然と並んでいた。

 思っていたより数は少ない。

 だが、隣の棚に目をやると、様子が違う。

 防弾チョッキが数着、盾がまとめて立てかけられ、警棒の束が棚の端に転がっている。


 防弾チョッキを一着手に取ると、思ったより軽い。

 着る側の負担を考えて選ばれたものだろう。

 盾は表面に無数の傷が刻まれていて、実際に使われていたことをうかがわせる。


 棚の隅、証拠品らしきラベルが付いた布包みが目に留まる。

 解くと、鞘に収まった日本刀が出てきた。

 銃刀法絡みの押収品か、自主提出品か、ラベルの文字までは読み取れない。


「これは掘り出し物だな」


 抜き放つと、刃は非常灯の光を受けて鈍く輝いた。

 柄を握った感触も悪くない。


 正眼に構え、次に八相、さらに大上段と、見様見真似で構えを変えてみる。

 それらしい格好がつくたびに、口元が緩むのが自分でも分かった。


 同じ布包みの下に、もう一振り紛れていた。

 厚みのある刃、鍔もない無骨な作りの剣鉈だった。

 柄はゴムのグリップで滑り止めが利いている。

 見た目に華はないが、重心が手にしっくり収まる。


「こっちは地味だな」


 軽トラの荷台に、順に積み込んでいく。

 最後の一つを載せ終えたところで、保管庫を振り返った。

 空になった棚が、非常灯の光の中で白く浮かんでいる。


    


 学校に着くと、元県警の男がすぐに駆け寄ってきた。

 荷台を覗き込み、しばらく言葉を失っている。


「防弾チョッキまで……」

 男は拳銃の箱を一つ取り上げ、確かめるように重さを量った。

「助かります」


「使い方は任せる」

 それだけ言って、荷下ろしを続けた。


 男は何か言いかけたが、結局それ以上は続けなかった。


「こっちにも、いくつか回してもらえるか」

「銃器、少しでいい」


 男が顔を上げる。


「もちろんです」

「使うつもりなら、拳銃が扱いやすいと思いますが」


 拳銃の箱を差し出され、断る理由を探すより先に本音が出た。


「自衛隊でも、実弾なんてそんなに撃ってない」

「もともと、得意でもなかった」


 男は箱を持ったまま、束の間黙る。


「兵站でしたっけ」


「ロジ屋だったからな」

「撃つより運ぶ方が本業だった」


 拳銃の箱を荷台の隅に置き、男が学校の倉庫へ引っ込む。

 戻ってきた手には、水平二連の散弾銃が一丁あった。

 あの銃砲店から持ち帰り、学校に預けていた在庫の一つだという。


「散弾なら、多少狙いが甘くても当たる」

「精度より数で押す武器だ」


「今の俺には向いてるかもな」


「同意する」

「ただし反動は拳銃の比ではない」


 男が頷き、弾薬箱を倉庫から運び出す手伝いを申し出る。


 傍で聞いていた迷彩柄の上着の男が、話に割り込んでくる。

 バリケードの上でよく見かける、学校警備班の元猟師だった。


「ライフルもあるにはあるがな」

「あれは、相当うまくねえと当たらんぞ」


 散弾銃で十分だ、と言いたげに肩をすくめる。


「試し撃ちなら、山の中がいい」

「音も響かないし、獣も逃げてる」


「開けてるとこ、あるのか」


「昔、伐採した跡地がある」

「見晴らしはいいぞ」


 場所を聞き終えると、拳銃は結局護身用として腰の後ろに収めた。

 メインは散弾銃、それだけ決めて荷物を積み直す。


    


 伐採跡地は、思っていたより開けていた。

 斜面を切り開いた土地に、切り株がまばらに残っている。

 空を遮るものがない。


「上空、視界良好」

「周囲三百メートル、反応なし」


 ドローンが低く旋回し、キーロンの声がそれを追う。


「しばらくは大丈夫そうだな」


「保証はしない、確認しただけだ」


 切り株の一つに空き缶を並べ、十数メートル離れて構える。

 散弾銃を握るのは初めてで、構えの感触がしっくりこない。


 引き金を引くと、肩に軽い衝撃が抜けた。

 拍子抜けするほど、こらえる必要もなかった。

 空き缶が弾け飛び、耳の奥に反動の余韻が残る。


「命中」

「散弾の拡散、想定通り」


「思ったより跳ねないな」


 二発目、三発目と続ける。

 連射のたびに肩が軋むはずが、思ったより早く次の姿勢に戻れている自分に気づく。


「反動制御、平均より速い」

「筋力強化の影響と見て間違いない」


「褒めてるのか」


「観測結果を述べているだけだ」


 最後の一発を撃ち終えると、切り株の空き缶はすべて姿を消していた。

 弾を撃ち尽くし、しばらく耳鳴りだけが続く。


 銃身の熱がグローブ越しにも伝わってくる。

 荷物をまとめ、斜面を下り始めた。


 下生えを踏み分けたところで、木立の陰から一体、ふらりと現れる。

 銃声に誘われたのか、ちょうどいい距離だった。


 背の荷から、日本刀を引き抜く。

 正面から袈裟に振り下ろした。


 手応えは、あった。

 だが刃は肩口で止まり、骨に食い込んだまま動かなくなる。

 力を込めて引き抜こうとすると、刃自体がぐにゃりと曲がった。


「……マジかよ」


「刃こぼれではない、変形だ」

「初撃で使用不能と判断する」


 舌打ちして刀を地面に放り、腰の剣鉈に手を伸ばす。

 振り向いてきた一体の頭に、迷いなく叩き込んだ。

 厚みのある刃が、抵抗もなく沈み込む。

 膝から崩れ落ち、動かなくなった。


 日本刀を拾い上げる。

 鞘に戻そうと、曲がった刀身を無理に押し込む。

 途中で引っかかり、まるで入っていかない。

 角度を変え、何度も押し込み直す。


「収まらないなら諦めろ」

「時間の無駄だ」


 鞘ごと日本刀を投げ捨てる。


「期待していたのに……」


「見た目と性能は別軸だ」

「今、学習しておけ」


「こっちは、当たりだったみたいだな」

 剣鉈を軽く振って、血を払う。


「刃厚のおかげだ」

「地味だが、壊れにくいものほど信頼していい」


 息を一つ吐き、再び斜面を下り始めた。


    


 数日後、脇道を流していたドローンが横転した宅配トラックを映す。


「新規範囲、初確認だ」


 荷台の帯には、見覚えのない配送会社のロゴが入っていた。


「積荷、未開封のまま散乱」

「回収価値、高いと判断する」


 現場に着くと、運転席側の惨状がまず目に入った。

 シートは黒っぽく変色し、フロントガラスには蜘蛛の巣状のひびが広がっている。

 周囲を見渡すが、動くものは何もない。


「血痕量、少なくない」

「ただし、個体の反応はゼロだ」


 誰が、何に、と考えかけて、途中でやめる。

 今はそれより荷物だ。


 荷台の扉を開けると、段ボールがぎっしりと積まれていた。

 ラベルを見ても、中身までは分からない。

 軽トラの荷台に、一つずつ積み込んでいく。

 思ったより収まりがよく、一度で運びきれそうだった。


 積み終えたところで、荷台の扉を閉める。

 運転席には、目を向けなかった。


    


 学校に着くと、段ボールの山を降ろす前から人が集まってきた。

 悠人が真っ先に箱の一つに飛びつく。


「なにこれ、開けていい?」

「好きにしろ」


 テープを爪で引っ掻き、ガムテープごと力任せに引きちぎる。

 段ボールの角を破りながら開けると、中から出てきたのは子供用の靴だった。

 サイズが合わず、悠人が肩を落とす。

「はずれかよ」


 別の箱からは、レトルトカレーが大量に出てくる。

 また別の箱には、電池と充電式のライトが詰まっていた。

 開けるたびに歓声や落胆が交互に上がる。


「これって全部、何が入ってるか分からないもの?」

 朝倉先生が箱の山を見渡しながら聞いてきた。


「ああ」


「宝くじみたいですね」

 言いながらも、次の箱に手を伸ばしている。


 子供たちは箱を取り合うように次々と開けていく。

 当たり外れの声が校庭に響き続けた。

 積んできた段ボールが、あっという間に半分になっていく。


 空になった荷台に、寄りかかって一息つく。

1時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ