美柑編「お礼」
現場にはほどなくして増援と後始末をする部隊が到着した。
倒された魔人は即座に回収され、鑑定に回された。
結果、この魔人が指定個体であり、美柑の仇であった魔人と判定された。
遺体は花州内の研究機関へと運ばれたという。
ここで、魔人研究はもちろん、魔法の研究や一般分野への研究にも応用される。
報道も翌日に多少だがされたようだ。
だが、それ以上に学校では大騒ぎになった。
入学して間もないペアが指定個体を倒したのだ。
新米警官が長年行方をくらましていた指名手配犯を見つけて逮捕したようなものだ。
大手柄として、クラスメイトや先生から質問攻めにあった。
「どんな特徴があった魔人だった!?」
「右手。と言うか、右腕が固いし爪が化け物ネイルみたいな感じだったかな……」
「魔人って強かった!?」
「模擬戦の何倍も手ごわかったよ……」
「どうやって勝ったの!?」
「鳴海が一刀両断したよ……」
「てことは、キスしたの!?」「ちゅーしたの!?」
「企業秘密です」
「あー、黙秘した―!!」
こんな感じで、矢継ぎ早に聞かれる。
(鳴海も今こんな風に質問攻めされてるのかな)
そんなことを思っていたら、意外な人物が声をかけてきた。
「春場君」
声をかけてきたのは美柑だった。
周りも、「鳴海さん!?」「役者がそろった!」「キスしたの???」と思い思いに聞いている。
「ちょっと借りていくわね」
そう言い、練の手を取り廊下へと出て行った。
周りにいた野次馬は思い思いの事を言っていたが、聞いていないことにした。
「あなたも大変ね」
廊下の踊り場に連れられて来た。
「そっちはどうなんだよ」
「こっちも似たようなものだったわ。
嫌になって逃げてきた節はあるわね」
と苦笑する美柑。
「質問攻めは二回目だな」
「ええ、そうね」
と、二人そろって笑う。
「それで、用件なんだけど今日放課後予定はある?」
予想外の質問だった。
「いや、特にはないけど」
「なら、私の部屋に来なさい」
「へっ!?」
さらに予想外の話で変な声が出る練。
「ど、どうして……?」
「私の敵討ちが果たせた打ち上げ。
あなたがペアを組んでくれなければ果たせなかったから。お礼もしたいし」
「お礼?」
「それはお楽しみにね」
なんだか、少し、意味を持たせた言い方をする。
「それじゃ、夕ご飯は軽めにしてうちに来てね」
そう言い、歩き出した。
「そろそろ予鈴がなるわ。 戻りましょう」
「お、おう」
こうして美柑の後に続いて、教室へと戻った。
教室に戻ってからは再び、質問攻めにあったのは言うまでもない。
***
「ここで間違いないよな……」
何度も目の前が何号室か確認する。
スマホに表示されていた美柑とのルームチャットに表示された号室と目の前の号室は一致している。
練は深呼吸しながらインターホンを押した。
『はい』
「来たぞ、春場だ」
『鍵は開いてるわ、入ってきて』
そう言われたので、ドアノブに手をかけ覚悟を決めて入る。
奥のドアからは美柑が顔をのぞかせていた。
部屋には焼き菓子の良い香りがした。
「いらっしゃい、上がって」
そう言われ、奥へと招かれる。
部屋の中は、いかにも女の子の部屋といった雰囲気の色合いで、部屋着の美柑も部屋の雰囲気と合っている。
「落ち着かないとは思うけど、座って」
そう言われ、クッションが置いてある場所へ誘導される。
ちゃぶ台には、作ってくれたであろうクッキーや、既製品のお菓子などが置かれていた。
「これ、作ってくれたのか?」
クッキーを指さしながら聞いてみる。
「ええ、せっかくだからね」
そう答える美柑。
紙コップにジュースを注いでくれる。
「はい」
「ありがとう」
二人とも紙コップを持ちそして「「乾杯」」と言い紙コップを掲げた。
「そう言えば、今朝のニュースで討伐の件、取り上げられてたわよ」
「そうなんだ」
こうして二人でお菓子をつまみながら談笑に花を咲かせる。
仮組みで決まったペアから始まった縁だったが、なんだかんだでしっくりと来ている。
「しかも、倒したのが新入生ペアということも話題になっているみたいでね。
学校に取材の申し込みがあったそうよ」
「え、マジで?」
「ええ」
学生への取材自体はたまにあるらしい。だが、新入生となるとめったにないだろう。
しかし、練は過去に経験があった。
「ふーん、俺は入学直後に取材は受けたけどね」
「そりゃあ、あなたは世界初の男子で魔法を使える存在だもの。
取材はあるでしょうに」
「けど、配慮があってか顔出しではなかったね」
あとで聞いた話だと、誘拐とかにされては困るために顔出しはダメだったらしい。
「その男の子と仮組みでもペアを組むと入学時には思ってすらいなかったわ」
「これから成すべきことに対して気合が入っていた感じでしょ」
そう言うと、微笑みながら「ええ、復讐で頭一杯だったわ」と言ってきた。
「で、仮組みで春場君となった時のこと正直に言っていい?」
「どうぞ」
「すごく嫌だった」
視線を落としながらそう答えた美柑。
「注目を集めるから?」
練は特に嫌がることもなくそう聞き返した。
「それもあるけど、男なんてクソだって言われ続けた環境で育ってきたからさ。
正直、嫌悪感しかなかったのよ」
そう言われ、最初に会った時のことを思い出す。
「確か、「私はあなたを認めない。男が魔法を使えるなんて。どんな手品を使ったか知らないけど、すぐに嫌になるわよ」だったかな?」
一言一句覚えているわけではなかったがこんなことを言っていたなと思い出しながら話す。
それに対して美柑は、不安そうになりながら「もしかして根に持ってる?」と言った。
練はそれに対してハッキリと言う。
「最初は嫌な奴だなと思ったよ。でも、いろいろと関わっていくうちに、その嫌な感じもなくなっていったよ」
そう言うと、美柑は練の目を見ながら「あの時はごめんなさい」と言って謝ってきた。
練も、「もう過ぎたことはいいよ」と返した。
「そんな私でも、こうしてペアまで組んでくれて本当にありがとう。
春場君無しでは成し遂げられなかったわ」
「俺も、鳴海からはいい刺激を貰ったからさ。
いいってことよ」
「いい刺激?」
美柑は首をかしげる。
「復讐って目的は、傍から見れば危ないなと思った。
けど、努力する姿勢はいい意味で引っ張られた気がするよ。
現に飛行魔法を習得するきっかけになったわけだからね」
そう言いながら、クッキーを頬張った。
「おいしいな、このクッキー。焼いてくれたんだろ? ありがとうな」
「ううん、いいの。お礼だから」
「流石お菓子作りが趣味なだけのことはあるよ」
美柑は嬉しそうにしながらも恥ずかしがっていた。
べた褒めされることが恥ずかしかったのか、美柑は話を別の話題に振った。
「確認を一つしておかないといけないことがあるんだけど」
と、言って話を切り出した。
「どうした改まって」
練も真面目モードになる。
美柑は、視線を逸らしながらも話し出した。
「ペアのことよ。一時的にでもいいからと言ってペアになってもらったわけだから。
目的が果たされた以上、あなたを縛る理由はない状態なのよ」
「そう言えばそうだったな」
練も思い出したかのように、反応した。
「だから、ペアは解散してもいい状態なの」
そう言うと、美柑は少し黙り込んだ。
そして、意を決したのかこちらを見た。
「もし、良かったらなんだけど、ペアをこのまま継続するって言うのはダメ……かな?」
美柑は胸に手を当てながらこう言い、練からの回答を待った。
練は、少し考えた。
が、すぐに答えが出た。
「うん、いいよ。ペアはこのまま継続で行こう」
そう言うと、美柑の顔はぱあっと明るくなった。
「本当!! ありがとう! 嬉しい……!」
涙ぐみながら美柑は喜んだ。
「そこまでか? まあ、そこまで思ってくれてるなら嬉しいよ」
練は照れながらもその反応に答えた。
「これからもよろしくね。春場君」
「練、でいいよ。正式に組むなら尚更ね」
練がそう言うと、美柑はさらに嬉しそうに「なら私も美柑って呼び捨てでいいよ」と言った。
「じゃあ……よろしく、美柑」
「うん! 練!」
二人して、照れながらも名前を呼びあった。
「言い出したのは俺だけど、なんか照れるな」
「私も」
二人して、笑いあう。
「ごめん、ちょっとお手洗い借りてもいいかな」
そう言い立ち上がる練。
「うん、使って」
部屋の内装は寮で統一されているので、練は迷うことなくトイレに入った。
トイレへ向かった練を見送った美柑は嬉しそうにしながらも、そろそろかと考え込む。
「向こうから話す気配はなさそうだし……どうやって持っていこう……」
そう言いながら、ベッドの下に仕込んであるある物に目線が行く。
「これは、私が決めたこと。最初に言ったことなんだから」
段々と顔が赤くなっていくのがわかったが、なんとか平静になろうとする。
そうこうしていると、トイレから水が流れる音がした。
「ありがとう」
トイレを借りたお礼を言った練。
「ううん、いいの」
美柑は顔を伏しながらもそう答えた。
その様子を、特に気に留めることなくクッションに座りなおす練。
「そういえば、今日先輩にお礼言いそびれたな。明日お礼を言いに行こうぜ」
練は、美柑にそう話しかけた。
だが、美柑は顔を伏したまま動かない。
顔を伏しているからよく見えないが耳が赤い気がした。
「美柑?」
練は不思議に思い、名前を呼んだ。
美柑は、名前を呼ばれた時に少し肩が揺れた。
そして、流れる沈黙。
しばらくして、もう一度名前を呼ぼうとしたとき美柑から話しかけてきた。
「練」
「ど、どうした」
少しだけ顔を上げながら名前を呼んだ美柑。
そこで、顔を真っ赤にしていることに気が付いて若干声が上ずりながらも練は聞き直した。
「ペアを組む時に私が言ったことを覚えてる?」
「あ、ああ。復讐したい魔人がいるから手伝ってほしいってことだろ?」
「そのあとの話は?」
そう促され、その先を思い出す。
「確か、復讐のためならなんでもしてやるわって言ってた……な」
そこまで言い、練は押し黙った。
言っていいのかわからなかったからだ。
「その時、私こう言ったと思うの。
『倒せた暁には、私の体を好きにしていいから』って」
「そ、それくらい本気だったってことだろ……?
本気にしてないから気にするなよ」
練は美柑の様子を見てそう答えた。
そんなことをしたらこれからどう顔を合わせていいかわからなくなると理性が上回った。
「私は今日、その気だったけど」
「へ?」
思わず変な声が漏れた練。
美柑を見ると、少しずつ顔を上げていた。
だが、目を合わせらないのか目は逸らしていた。
そして、顔は文字通り真っ赤だった。
「む、無理をする必要はないんだぞ。俺は気にしていないから」
強がる練。まだ理性が勝っていた。
「練は文字通り命を懸けて私の復讐に付き合ってくれた。
私にはそれに見合うだけのお礼ができないの」
四つん這いになりながらこちらに向かって歩み寄ってくる美柑。
胸の谷間が少し見えて心が揺れる。
「お礼前提でペアを組むって話に乗ったわけではなくて……」
そう言っている間に、美柑は服の袖をつかみがばっと大きく上に捲った。
そして、部屋着を脱ぎ捨てる。
派手ではないが可愛らしい、桃色のブラジャーがはっきりと見える。
「鳴海!?」
思わず声が出る。
「美柑って呼んでくれないの?」
そう言いながら、練の目の前まで来た美柑。
美柑は前のめりに、練は少し後ろのめりになりながらも距離は互いの鼻と鼻が付きそうなくらい近い。
緊張で汗ばんでいるのかいい匂いがする。
「私、お風呂にも入ったし避妊具も用意したんだよ?」
「えっ!?」
避妊具まで用意しているところを見るに、勢いや流れで言っているのではなく来る前からその気だったと理解する。
「練は何も気にしなくていいんだよ?」
「いや……その……」
練は必死に理性を働かせ、目の前にいる女の子をどう宥めようか必死に頭を巡らせた。
やがて真正面にあった顔が少し横にズレる。
そして耳元でこう聞かれた。
「私、魅力。ないかな?」
そう耳元で言われ、練は本当に手が出そうになった。
手が、胸に向かって伸びていく。
だが、その手は浮いただけですぐに地面に落ちた。
「魅力がないわけじゃない。正直に言ってすごく、したい」
そう言いながら、練は美柑の肩に手を置いた。
身を乗り出している美柑を押し戻す。
「けど、やっぱりお礼とか、そう言ったことで自分の体を使うのはだめだと思う。
親から貰った体だろ?もっと大事にしろって」
「そう……」
そう言うと、美柑は少しずつ離れた。
だが、表情は暗かった。
意を決した大勝負をスカされたのだ。
ここで、何か言わないといけない。
練はそんな気がし、必死に考えた。
「美柑」
練は美柑に声をかける。
「俺は、ペアであるお前を大事にしたい。わかってくれ」
それが、出てきた精一杯の言葉だった。
少し黙り込んだ美柑だったが、すぐに元の顔に戻った。
そして、「わかった。ありがとう」と言って笑顔を見せてくれた。
「美柑は、これまで復讐だけだったろ? けど、これからはいろんなことを考えていいんだ」
「いろんなこと?」
美柑はどういう意味か分かっていなさそうだった。
「この学校に通いながらお菓子の勉強をしてパティシエールを目指してもいいんだ。自由なんだよ」
そう言うと、目を逸らしながら少し考え込んでいる。
「そうだね。自由なんだよね」
美柑もそれには同意してくれる。
「時間はあるんだ。これからじっくり考えていこう」
***
「じゃあ、今日はありがとう。ご馳走様」
練は玄関で美柑に今日のお礼を言う。
「こちらこそ、ありがとうね」
そして、少しの沈黙が流れた。
さっきのことで二人とも少し気まずくなっていた。
「じゃあ、帰るな」
そう言い、ドアノブに手をかけた練。
「練、明日。時間あるかな」
美柑がふいにそんなことを言った。
「訓練後なら時間あると思うけど……」
「話したいことがあるの。明日時間を頂戴」
今話してくれればいいのに。そう言いそうになったが、再び美柑は真っ赤になっていた。
その様子を見て練は何を言われるかはわからなかったが、釘は刺しておこうと思った。
「一応言っておくけど、お礼は本当にいいからな?」
「わかってる。そのうえで明日、時間を作ってほしいの」
その言葉を聞いて練は頷いた。
「わかった。明日放課後にまた連絡するよ。それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
練はドアノブを回し美柑の部屋を後にした。
ドアが閉まるまで、それを見送った美柑。
ドアが閉まったと同時に、その場にへたり込む。
(私、すごいことしちゃった……)
美柑は男の子相手に、行為を迫るということをした行為。
そして、取り付けた明日の約束にものすごい羞恥心を覚えた。
(でも、名前呼びはできるようになったし。前進、よね)
そんなことを考えながら、明日どうするかを必死に思案していた。




