第7話 入試当日
ファンダリア魔法学園臨時入学試験当日の朝。
山脈の頭から太陽が顔を覗かせ、緑の匂いと冷気を含んだ風が、街の通りを満たしていく。
何本もの塔が突き出した荘厳な建物に吸い込まれていく人混みの中に、一際小さく幅をとった影が一つ。
事前に通知された筆記用具と最低限の道具を抱えたリリアの足元には、長いスカートの隙間から鈍く光る銀が見え隠れしている。
試験会場までの案内用紙に目を落としながら、周りを見回すと、険しい顔の受験者達が見えた。
ある者は手に持った分厚い本へと視線を落とし、またある者は両手に握りしめた魔道具を必死に磨いている。
多様な人間が混在する場所においてなお、リリアの姿は異質に浮かび上がっていた。
他の人の倍は場所をとっている車輪装着の椅子に腰掛けるリリアを見下ろす視線のほとんどは好奇の意味合いを含み、眉根を寄せる受験者達の多くが迷惑そうにリリアを避けていく。
会場へ向け順調に動かしていた車輪がピタリと止まる。
“臨時入学試験会場”
見上げた木札に書かれた文字に、ごくりと喉がなる。
取手に手を掛け回し、力を込めて押し込んだ扉は、ピクリとも動かない。
「あー。なるほど・・・・・・」
手応えに察したリリアは短く息を吸うと、回した取手に力を込めたまま、空いた手で車輪を後ろへ回す。
片側だけ回された車輪は、もう片方の車輪を残したまま、半分体を捻るように動き始めた。
後方へ流れていく車輪とは対照的に、動きを加えられていない方の爪先は、どんどん扉との距離を近づけていく。
ギリギリまで爪先を近づけたところでようやく、僅かな隙間を開けた扉から手を離す。
両手で車輪を操作し、扉との距離を調整していく。
「チンタラしてんじゃねえよ!」
リリアの頭上を超えるように背後から伸びてきた手が扉の取手を掴む。
「あっ」
強引に開かれた扉の先が、リリアの爪先とぶつかりガンッと音を立て衝撃を伝える。
「邪魔」
動きを妨害するリリアを押し除けるように、扉が開かれる。
横に弾かれたリリアを一瞥する受験者達は、堰を切った水のように会場へと吸い込まれていく。
流れから弾かれてしまったリリアは、それが途切れるのを側で見ていることしかできなかった。
♢♢♢♢♢♢
数分か数十分か、止めどなく流れ込んでいた人の流れがやっと落ち着いてきた頃、リリアはようやく会場へと車輪を踏み入れた。
ボソボソと聞こえてくる声が束となり、シンと張り詰めた静寂にこだましている。
半円状の会場は入り口側が高く、奥へ進むほど下へと下っていくすり鉢のような形になっていた。
下り切った先で一段高くなった壇上に人の姿はなく、赤い花が差し込まれた花瓶が一つ置かれているだけだった。
階段を避けるように、最上段の机で空いている場所を探す。
幸い、受験者の多くは前方から詰めて座っているようで、教壇から最も離れた最上段にはまだ、空いている席が多くあった。
できるだけ他の受験者から距離をとった位置を選び車輪を回す。
背もたれの無い椅子は一つの区画で長く繋がっており、それに合わせて机も長い一枚の板が使われている。
横に長い椅子のすぐ後ろに車輪をつけ、ブレーキをかけて固定する。
腕の力だけでなんとか腰を浮かせて、前のめりの姿勢で倒れこむように長椅子へとしがみ付く。
そのまま椅子に寝転がるようにうつ伏せになったリリアは、ガチャガチャと普段よりも重くなった両脚を机の下へと潜り込ませる。
机に両肘をつけて大きく息をついたリリアがふと顔を上げると、正面にかけられた大きな時計の針がちょうど8時を指し示した。
背後の扉がバタンと音を立てて閉まる。
音に釣られて振り向こうとしたリリアの視線は教壇で止まった。
ザワザワとした会場の空気が、ピタリと凍る。
置かれた花瓶の姿がまわりの空間ごと、ゆらりと歪む。
気づけばそこには、痩せた皺だらけの皮膚に、ピンと張り詰めたローブを纏った初老の女性が立っていた。
「ではこれより、第562回ファンダリア魔法学園臨時入学試験を開始いたします」
まるで張り詰めたピアノ線を弾いたような声は、静かにされどしっかりと会場全体へ響き渡っていく。
やけにじめっとした空気が、嫌に喉に張り付く。
どこからか現れたスーツ姿の試験官達が、慣れた手つきで辞書のように分厚い試験用紙をドサドサと置いていく。
「では制限時間は4時間。魔法史、魔法体系学、魔法工学、魔力学、魔法薬学、魔法言語学、どれから手をつけても構いません。ただし、採点は各学問毎に採点いたします」
淡々と読み上げられる言葉には、感情は感じられず、ただ事実のみを口にしていく。
パンッと両手を叩いた音が会場に響く。
「では、始めてください」
ガリガリと紙を削る音だけが耳に聞こえてくる。
いつもより近い鼓動に、ほのかに脳が熱を帯びている。
まわりの受験生達が、唸りペンを止める中、深く息を吐き出したリリアは、一枚目から順に淀みなくペンを走らせる。
次第に小さく遠くなっていく音が心地よく。
目の前の文字だけが、やけに浮かび上がって見える。
今まで蓄えた知識を、ただ無造作に垂れ流し続けるリリアの口角が緩む。
気がつくと、左手側に高く積まれていた紙の束は全て右手側に高く積まれており、顔を上げた視線の先では、時計の短針と長針がちょうど頂点を指し示していた。
「はい、そこまで」
静かな声が空気を裂く。
「全員そのまま、速やかに退室してください。午後からの実技試験の説明は、第一共同実習場にて行います」
またしても、いつのまにか現れていたスーツ姿の試験官達に促されるように、受験生達が会場を後にする。
なんとか車椅子に腰掛け直したリリアも、第一共同実習場を目指して進み始める。
廊下から広いホールを抜けて、中庭を二つ通り抜けた場所に第一共同実習場はあった。
途中の中庭の隅で、持参したサンドイッチを食べ、13時になる前に実習場へと到着する。
周りの受験生達が、各々の魔道具の最終チェックを終わらせる中、そっと脚に触れたリリアの隣に試験官と思しき男が立つ。
「貴女は実技試験には参加できません」




