第6話 凛とした黒髪
長い髪先がリリアの鼻先を掠め、スラリと伸びた足が地面を踏み込み跳ねる。
「え、は!?」
踏み出した加速と重力による加速が重なった身体は真っ直ぐ男へと向かい、綺麗に折り曲げられた膝先が男の顔面へと吸い込まれていく。
「ぐえっふ!」
潰れたカエルのような声を撒き散らせながら吹き飛ばされた男の体が、空中でピタリと動きを止めた。
四肢をダラリと垂らした男の身体の周りには、鉛色の触手がいくつも纏わりついており、それらは全て黒髪の少女から伸びているようだった。
「はいこれ、貴女の鞄なのでしょう?」
リリアの鞄に巻き付いた鉛色の触手が、スルスルと目の前に鞄を持ってくる。
「気をつけた方が良いわよ。最近は観光客狙いの盗みも増えているみたいだから......」
言葉を言いかけた黒髪の少女の視線がリリアの足を見て止まる。
「貴女、腰が抜けて動けないって訳じゃなさそうね。足、動かないのかしら?」
ツカツカと階段を上がる黒髪の少女は、リリアの前で止まると眉根をひそめた。
「あ、はい。生まれつき足が良くなくって・・・・・・全く動かない訳じゃないんですけど、立ち上がったりはちょっと難しいんです」
「そう、それは大変そうね」
黒髪の少女から伸びた触手が、リリアの体へ巻きつき優しく持ち上げる。
「それはそうと、そんな足でどうやってここまで来たのかしら? 見たところ従者も見当たらないようだけれど・・・・・・」
髪の色よりもさらに深い黒い瞳が、好奇心を宿してリリアを覗き込む。
「あ、階段下に車椅子があって、それでここまで来ました」
突き出されるリリアの指先を視線で追った少女は、階段下に放置された椅子を見つけると、触手を伸ばして椅子を引き寄せた。
「へー。椅子に車輪をつけるなんて、変わったことしてるのね」
そっと椅子に下ろされたリリアは、不思議そうに首を捻る少女へと向き直り声を荒げた。
「ありがとうございます! あの、それで、アナタの腰の鞘って、ひょっとしてオクトパスですか!?」
キラキラと目を輝かせるリリアに、半歩たじろいた少女は自らの腰へと視線を落とす。
「ええ、そうよ。貴女良く分かったわね」
細く透き通った少女の指先が、そっと腰の鞘を撫でる。
少女の言葉に一層瞳を輝かせたリリアは、相手が言葉を挟む余地無く畳み掛ける。
「しかも、オクトパスの中でも最上位機種のウラヌスをさらにオーダーで仕上げてる感じですよね!」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐリリアは、グイグイと距離を詰めていく。
「比重の重い、重魔金属をあそこまで精密に操作できるなんて、出力を上げるために排魔口を増設してるんですか? でもそれだけじゃ排出魔力総量は増やせても、一つ一つの魔力速度が落ちちゃうから・・・・・・」
「ストップストップ。もう良いかしら!? そんなに近付かれると、流石に困ってしまうのだけど・・・・・・」
頭の上から響く声に、鞘に触れそうだった手を引っ込め、勢いそのままに車輪を後ろに回す。
「ご、こめんなさい! 私つい夢中になっちゃって」
頭を下げるリリアに、黒髪の少女は短いため息を漏らす。
「いや別に構わないよ、知的好奇心が旺盛な人は嫌いじゃないからね」
少し考え込むように間をあけた少女は、警告するように口を開く。
「ただ、王都には多様な人間が存在するからね。今度からは相手をよく見て行動することをお勧めするよ」
少女の研ぎ澄まされた剣先のような指が、リリアの胸にスッと押し当てられる。
「でないと今度は、鞄じゃ済まないかもしれないよ」
「は、はい。気を付けます」
「それから、もしも、ファンダリア魔法学園の臨時入試受付に向かっているなら急いだ方が良いよ。終了時間まではまだ時間があるけど、毎回ある程度の人数が集まったら、時間前に締め切っているからね」
サラリと告げられた事実に、リリアは大きく目を見開いて口を縦に開く。
「えええええ! じゃ、じゃあ急いで向かわないと!」
ワタワタと鞄を椅子に付け直し、焦る手で車輪を握る。
「あの、その、ありがとうございました!」
深々と頭を下げるリリアに、少女は艶めく黒髪をフワリとかきあげる。
「気を付けてね。あ、そっちの通りの方が段差が無くてお勧めだよ」
「ありがとうございます!」
少女の指差す方向へ慌てて向き直ったリリアは、軽く会釈をして大きく車輪を回し始めた。
雑踏に呑まれて消えていくリリアの背中を見つめた少女が、腰の魔道具に手を当て呟く。
「一目でこいつの機構を見抜くなんて、面白そうな子だったなぁ。次に会ったら名前聞いても良いかもね」
呟く少女の視線の背後から、スーツ姿の男女が慌てた様子で、雑踏を掻き分け現れる。
「お嬢様! エリスお嬢様! 一人で先に行かれては困ります」
慌てるスーツの男女とは対照的に、黒髪の少女は澄まし顔で振り返る。
「ごめんなさい、急いでいたものだからつい」
振り返る少女の視線の先に、車椅子の姿はもう見えない。
「この男、衛兵に突き出しておいてください」
地面に伸びる男をチラリと見たスーツ姿の女性が声を荒げる。
「また街中で魔法を使ったんです!? 旦那様からあれほど軽率に魔法は使うなと言われているのに」
額に手を当てたスーツの女性は、大きな溜息を吐いた。
「じゃあ問題無いね。今回は軽率ではなく人助けのためだったのだから」
黒髪の少女は、細く引き締まった胸を張ってみせた。
「それを軽率だと言っているんです」
通りのど真ん中で会話を繰り広げる三人の周りには、不思議と人が避けて通っているようだった。
「純血派の筆頭貴族である、アクア家としての自覚をもっと持ってください!」
風にたなびく黒髪の少女の襟首には、銀の装飾が施された、水瓶のブローチが太陽の光に煌めいていた。




