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第5話 いざ王都へ

 通りの両脇には大小色とりどりな建物が建ち並び、幾重にも重なり合う多種多様な音が、リリアの鼓膜へ濁流のように押し寄せる。


 初めて地面に足をつけた夜から一ヶ月、リリアは王都を訪れていた。


 あの夜、過負荷をかけて酷使した魔道装具は、今日まで調整していたけれど、完全には元に戻せなかった。


「よっ、と」


 膝裏と腰に腕を回した中年の男が、先に下ろしていた車輪付きの椅子へリリアを座らせる。


「ありがとうございます」


 額に汗を浮かべた男は袖で軽く汗を拭うと、馬車の奥から大きな鞄を引っ張り出してきた。


「ほら、これで全部だ」


 長方形の鞄の底には小さな車輪が四つ取り付けられている。


「本当に荷物は持たなくても大丈夫か?」


 リリアから硬貨を受け取った男が、心配そうな眼差しを向ける。


「大丈夫です。この鞄取手を伸ばして椅子に取り付ければ、押して動かせるようにしてるんですよ」


 言葉の通り、取手を伸ばし椅子へ取り付けたリリアが自慢げに鼻を鳴らす。


「おお、そんな鞄初めて見たな。まあ嬢ちゃんが大丈夫って言うなら無理強いはしないが、最近は大通りでもひったくりが出るから気をつけてな」


 目を丸くして鞄を眺めた男は、手に持った硬貨をポケットへと突っ込みながら、馬車へと戻っていった。


 走り去る馬車を見送ったリリアは、膝の上に置かれた手提げ鞄から、ゴソゴソと一枚の紙を取り出した。


「ファンダリア魔法学園の臨時入学試験会場は・・・・・・」


 視界一杯に広げた地図と街並みを交互に睨みながら、自分の位置と目的地を探す。


「あっち、かな?」


 ひしめく人混みに視界は埋め尽くされ、通りの端を見ることはできなかったが、とりあえずの進行方向を定め車輪を回す。


 前後から淀みなく流れてくる人の流れに、難破寸前の小舟のようなリリアの姿は、すぐに飲み込まれてしまう。


 時折ぶつかる人の足先に両腕を踏ん張って姿勢を保つ。


 すれ違う人の見下ろす視線を極力見ないように、車輪を回す腕だけに意識を集中させる。


「・・・・・・あ」


 順調に回していたリリアの車輪がピタリと止まる。


 顔を上げたリリアの視線の先には、等間隔で積み上げられた石の階段が立ち塞がっていた。


 もう一度地図を広げて目的地までの道筋を指でなぞる。


「あー、たぶん今いるのがここで、受付会場がここだから。結構遠回りしなくちゃかな・・・・・・」


 後ろに下がったリリアの背中にドンと衝撃が伝わる。


「あ、ごめんなさ・・・・・・」


 振り返ったリリアのことなど、まるで置物か何かだと言わんばかりの男が、ジロリと睨みつけ車輪を蹴飛ばす。


「きゃっ!」


 不意の衝撃に体勢を崩しそうになったリリアの肩を誰かの両手が、がっしりと受け止める。


「大丈夫かい?」


 しゃがれた声がリリアの頭上から降り注ぐ。


「何か困り事かな?」


 見上げた先には、ボサボサの黒髪に茶色くくすんだシャツをだらりと着こなした男が立っていた。


「俺で良かったら力になるぜ」


「あ、ありがとうございます。でも、大丈・・・・・・」


「この階段の先に行きたいんだろ?」


 男は階段の先をクイッと指差した。


「それはそうなんですけ」


 困惑するリリアに畳み掛けるように男が言葉を続ける。


「見たところアンタ王都には来たばかりだろ? なに困った時はお互い様さ、俺がアンタとアンタの荷物を上まで持って上がってやるよ」


 そう言うと男はリリアの鞄を手に取った。


「ん? なんだこれ固定されてて取れねぇな」


「あの、本当に大丈夫ですから」


 ガタガタと揺れる椅子に揺さぶられたリリアは、必死にしがみついてバランスを取る。


「そんな遠慮しなくても大丈夫・・・・・・って、ああそうか、アンタ俺が荷物をそのまま持って逃げないか心配してるんだな?」


 顎に手を当てた男は少しの間考え込むと、何かを思いついたようにハッと表情を明るくさせる。


「ああ、じゃあ。そのでかい荷物をアンタが抱えて、荷物を抱えたアンタを俺が抱えて運べば文句ねえよな」


「うーん。それならまあ・・・・・・。でもこの荷物も私も結構重いですよ?」


「大丈夫大丈夫。こう見えて俺結構力持ちなのよ」


 腕を捲りペチペチと叩く男がニカリと笑う。


 先ほど見た地図の道と目の前の階段を見比べたリリアは、椅子に固定された鞄を取り外して、お腹の上に抱え込んだ。


「しっかり持ってろよ」


 荷物ごとリリアを抱え込んだ男は、震える足取りで、一歩一歩と階段を踏み締めていく。


 数段の階段をたっぷり時間をかけて登り切った男は、どさりとリリアを地面へ下ろすと、腰を抑えて大きく伸びをした。


 硬い地面に打ち付けられたリリアの腰が、鞄の重さも加わった衝撃に悲鳴をあげる。


「おっと、すまんね。いやー結構大変でさー。おじさん腰が痛くなっちゃったよ」


 男はリリアを潰している鞄を持ち上げると、肩に担ぎ上げた。


「お、やっぱり鞄だけでも結構重いな。じゃあ、そういうことで」


 鞄を担いだ男の足が一歩リリアから遠ざかる。


「え、あの、椅子を・・・・・・」


 階段下に取り残された椅子をチラリと見たリリアは、慌てて男の足へと手を伸ばす。


 伸ばされたリリアの手を片足をヒョイと上げてかわした男は、その勢いのままさらに数歩リリアから遠ざかる。


「いやー。思った以上に重かったし、やっぱり椅子は自分でなんとかしてよ」


 そう言うと男は今来た階段を軽快に下っていく。


「まっ、待って!」


 膝から先を地面に付けて、這うように男の後を追う。


 しかしどんなに必死に腕を動かしても、高さ数十センチの段差がリリアの動きを止める。


 周りを歩く通行人達のほとんどは、チラリとリリアと男を見たとしても、すぐに視線を戻して歩き去って行く。


 何かないかと辺りを見回すリリアは、側に落ちていた掌ほどの石を掴むと、男の背中に目掛けて思いっきり投げつけた。


「返せ、泥棒!」


 フラフラと弧を描く石は、リリアの投擲能力の無さとは反比例して、吸い込まれるように男の後頭部を直撃する。


「いってー! なにしやがる!」


 突然の衝撃に振り返った男の視線がリリアへと送られる前に、リリアの背後から凛とした声が響く。


「そこ、動かないで!」


 背後から響く声にリリアが振り返るよりも早く、透き通った漆黒の髪先がリリアの隣を駆け抜ける。

 

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