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第4話 立てば芍薬

 馬車から姿を現した男の姿を、リリアは知っていた。


「お疲れ様です。オリバーさん」


 何人もの黒服がオリバーへと頭を下げる。


「例の物は?」


「はい、こちらに」


 スーツを筋肉で膨らませた男が、白い布に包まれた物をオリバーへと差し出す。


 スルスルと解けていく布の下から姿をあらわしたのは、リリアの家から盗まれた魔道具だった。


 打ち上げられた魚の腐臭と、甘い薔薇の香りが海風に乗って流れてくる。


「オリバーさん!」


 思わず飛び出したリリアに考えなどなかった。胸に沈む疑念が確信に変わる前に、誰かに否定して欲しかった。


 オリバーの周りを固める男達が、一斉にリリアへと向き直る。


 懐へと手を忍ばせた男達を片手で静止したオリバーが、ゆっくりとつま先をリリアへと向けた。


「やあリリア。こんなところまで来て大変だったろう。せっかくのドレスが台無しじゃないか。良ければ家まで送って行こうか?」


「あなたは、オリバーさん、なんですか?」


 目の前の男が、さっきまで一緒に食事をしていた男と同じ人間だと信じたく無い。


「嫌だなあ、リリア。もう三年の付き合いだっていうのに、僕の顔を忘れちゃったのかい?」


 オリバーは戯けたように両手を広げてみせた。


「どうして、こんなことを・・・・・・?」


「どうして? どうしてだって? 本気で何も分からないわけじゃないだろうに、いつまでそれを続けるつもりだい?」


 眼鏡を押し上げるオリバーが、ゆっくりとリリアへと近づいてくる。


「こんな代物が世に出回れば、どんなことになるかなんて、少し考えれば分かりそうなものじゃないか」


 固まるリリアの横を通り抜け背後に回り込んだオリバーが、優しい手つきでハンドグリップを握る。


「そんなことだから、グスタフも君も事故に遭う」


 オリバーの言葉にリリアは振り返って、目を見開いた。


「どういうことですか!? お爺ちゃんの事故と何が関係あるんですか!?」


「いやなに、君と出会う前にちょっとね。装置の開発を止めるようにお願いしたんだけど、どうにも上手くいかなくてね。いやはやグスタフには苦労させられたよ」


 リリアの顔から血の気がサッと引いていく。


「まさか、お爺ちゃんが事故で死んだのも・・・・・・」


「・・・・・・これから君も同じ運命を辿る」


 睨みつけるリリアの顔を見ることもなく、オリバーが冷たく言い放つ。


 必死に車輪を止めようと握っても、赤い線をつけて滑るばかりで止まらない。


「全てを諦めて、おとなしく家で震えていれば、こんな目に遭わずに済んだのにね」


 カラカラと音を立てて回る車輪は、ゆっくりと海へと向かう。


「今まで目を逸らし続けていたのだから、今度もそうすれば良かったのに」


「でも、だって、私は・・・・・・」


「魔法っていうのはね、ただの便利な技能じゃないんだ。権力であり、政治であり、ビジネスなんだよ。それは希少で独占できるからこそ価値がある」


 波が岸壁へ打ち付ける音がどんどん近づいてくる。オリバーは真っ直ぐ向けた視線を一瞬だけリリアに落とすと、まるで屠殺される家畜を見るように僅かに目を細めた。


「そんな、そんなの間違ってます! 魔法は誰もが幸せになるためにあるはずです!」


「ないよ、誰もが幸せな世界なんて。誰かが幸せになるということは、誰かが不幸になるということなんだ」


 オリバーの声に抑揚はなく、そこに感情らしい感情は感じられない。


「誰もが平等に幸せな世界なんてありえない、今この瞬間の幸せも、誰かの犠牲の上に成り立っているものだ」


 擦り切れた手にはもう、車輪を握るだけの力は残されていなかった。ピタリと止まった足裏に波飛沫が触れる。


 震える声を精一杯押し込める。


「入学をお祝いしてくれたことも、嘘だったんですか?」


「嘘だよ」


「魔法学園への推薦が決まった話も・・・・・・」


「嘘だね」


「私の夢を笑わずに聞いてくれたことも・・・・・・嘘だったんですか?」


「・・・・・・嘘だ」


 ゆっくりと椅子の背が持ち上げられていく。


「君の明日は、今日までだよ」


 傾いた視界が暗い海面を映し出す。漆黒のドレスと銀の髪が風に大きく揺れる。


「さよならリリア」


 大きく傾けられた椅子から重さが消える。


 オリバーの眼鏡の奥の瞳は、瞬く星空を見上げていた。


 流れる風が、漆黒のドレスと銀の髪を大きくはためかせる。


 ドクンと爆ぜる心臓が、大きく脈打つ。


 月明かりを反射した白銀の双脚が宙を舞う。


「あなたは最初から、私なんて見ていなかった」


 背をのけぞらせ身を捻ったリリアが、オリバーの遥か後方へと着地する。


 鋼鉄の靴底で踏み締める人生初の感触に、血の通わない白銀の装具が熱を帯びていく気がした。


「だから魔道装具を履いた私の足にも気が付かないし、いつも下げているネックレスがないことにも気づかない」


 銀の髪をなびかせる少女は、漆黒と白銀を纏う。澄んだ青い瞳がオリバーを貫く。


「その装具は魔道具か? なぜ起動している?」


 振り返り、懐から腕輪型の魔道具を取り出したオリバーがハッと目を見開く。


「そうか、魔力集積装置か、だが、装置はこちらが握っているはず・・・・・・」


 オリバーは、白い布に包まれた魔道具へと視線を落とす。


「そのお爺ちゃんの形見に、魔力集積装置は搭載されていません。装置はずっと私が首から下げて持っていましたから」


「そうか・・・・・・あのペンダントが魔力集積装置だったのか。僕はまんまと偽物を掴まされたわけだ」


 オリバーの言葉に、リリアは一瞬だけ悲しそうに目を細める。


「この装置があれば、魔力の無い私でも魔道具が使えます。私はもう一人で立ち上がれる」


 ゆっくりと立ち上がるリリアは、血の滲む拳を握りしめる。


「だから、返してもらいます! あなた達が私から奪った全てを!」


 オリバーが右手に腕輪をはめる。それを合図に待機していた黒服達が懐から短剣を抜き構えた。


「ただの素人の子供が、魔道具ひとつ起動できたからってなにが・・・・・・」


「音声入力起動、安全弁急速全開放。回路の保持を無視、出力上限値を最大に」


 瞬間、リリアの足が青白く弾ける。


 短い破裂音と同時に、全身に稲妻を纏ったリリアの姿がふっと消えた。


 一瞬だった。


 気がつくとリリアの姿は、遠く離れた男達の元へと潜り込んでいた。


「姿勢制御を自動に、自衛機能起動、危険人物の無力化を最優先に設定」


 上体を置き去りにした白銀の魔導具が、蒼雷となって走る。バチバチと弾ける空間が、触れたそばから男達を無力化していく。


 瞬きほどの時間。


 気がつくと、立っている男は残り一人になっていた。


「はっ! 強制的に魔力を暴走させて、出力を底上げしているのか・・・・・・狂ってるな」


 耳元でつんざく雷撃音が、オリバーの言葉を掻き消していく。


 脳が痺れる。


 視界が揺れる。


 全身を針で突くような痛みがはしる。


 逆立つ銀髪が帯電して青白く光る。


「それほどの狂気を宿して、世界の幸せを説くなんて、とんだ茶番もあったもんだ」


 弾ける視界の奥でオリバーが笑っているような気がした。


「私はもう目を背けない、気が付かない振りもしない、私の明日は私が決める」


 リリアの体がグッと地面へ沈む。


 オリバーの右腕にはめた腕輪が淡く光を纏う。


「まったく、ここで終わっていれば楽なものを、グスタフさんもリリアも本当にそっくりだよ」


 オリバーが右腕をリリアへと突き出す。それよりも早くリリアの体は疾走していた。


 出遅れたオリバーの魔法とリリアの銀脚が衝突する。轟音が空気を裂き、リリアの体は後ろへ吹き飛ばされる。


 魔導装具と魔法の衝突によって発生した衝撃が、オリバーの姿を海に向かって吹き飛ばす。


 何度か水音を撒き散らした後、オリバーの姿はすぐに夜の闇に消えてしまった。


 リリアは傷だらけの腕で体を起こし、ボロボロのドレスと軋む両足で立ち上がる。


「さようなら、オリバーさん。たとえ貴方の全てが嘘だったとしても、私の夢を笑わずに聞いてくれたこと嬉しかったです」


 軋む白銀の装具は、蓄積した魔力を全て放出し、ただの鉄の塊へと戻り始めていた。


「だから私、王都へ行きます」

******

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 作者の稲屋戸兎毛(いなやどともう)です。


 まずは、このような稚拙な文章をここまで気長に読んでいただいた皆様に、最大限の感謝をお送りさせていただきます。

 本当にありがとうございます!


 さて、思いつきで書き始めたリリアの物語ですが、前日譚はここまで、次話からはいよいよ本格的に王都での魔法学園入学試験編がスタートいたします。


 まだお付き合いいただける、物好きな読者様が万が一いらっしゃれば、そのままどうかリリアの物語を見守っていただければ幸いです。


もし『面白い』『先が気になる』と思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】(ポイント評価)やブックマークで応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!


次の話は、毎日12時、20時に投稿予定です。

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