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第3話 奪われた希望

 目の前の光景を理解できない。


 理解することを、脳が拒絶している。


「はっはっはっ」


 胸が苦しい、息を吸っても酸素が入ってこない。


 数分前までイメージできていた未来を、今はイメージすることができない。


 夜の海に投げ込まれたかのような、浮遊感が体を包む。


 怖い。


 暗い。


 寒い。


「・・・・・・探さなきゃ」


 震える指で、割れたランタンに火を灯す。


 堕ちた衝撃で何処か壊れてしまったのか、数回強く瞬いたランタンの火が不規則に揺れている。


 一人でどこまで出来るかわからない。


 思考も行動範囲も、一人で出来ることには限界がある。


 それでも、動かなければならない。


 今動かなければ、思考も身体も未来も止まってしまう気がした。


 荒らされた部屋を視線だけで捜索する。


 リリアが見た限り、全ての物が奪われたわけではないようだった。


 キッチンに置いていた生活資金は残されているし、完成品、未完成品を問わず、ほとんどの魔道具は残されている。


 入学資金と魔力集積装置に関する物だけが盗まれていた。


 現実から目を背けるように、作業室を出て玄関の扉を潜る。


 中央通りから外れたリリアの居住区は、空き家の多い地区だった。


 周りを気にせず作業に没頭できるとして選んだ場所だったが、今はその時の考えが悔やまれる。


 叩く隣家の扉が開かれることはなく、灯りの灯っている窓は極端に少ない。


 少し移動すれば大きな通りにも出るが、わざわざ裏通りのことを気にかけている人間などいないだろう。


 途方に暮れるリリアの耳に、路地の闇から声が聞こえてきた。


「おねいちゃん。なんか探してるの?」


 突然の人の声にビクリと肩を弾ませたリリアは、声のした方に顔を向ける。


 人一人がやっと通れるかという狭い路地の隙間から、短髪の少年がのっそりと姿を現した。


「探し物? 手伝おうか?」


 ジリジリと距離を詰めてくる少年の姿が徐々に、ハッキリと確認できるようになる。


 ほつれた裾から素肌を覗かせ、黄ばんだ布からは元の色を推しはかることはできない。


 すえた汗の臭いが風に乗って鼻腔を刺激する。


 おそらく何かしらの理由で家を失った人なのだろう。小さく骨ばった身体から想像するよりも年齢は高いはずだ。


「あ、あの、夕暮れから今までで、そこの家に誰かが入っていくのを見ませんでしたか?」


 若干上擦った声で少年へ問いかける。


 誰でもいい、どんな情報でも何でも良いから、とにかく今は何かに縋らずにはいられなかった。


「あー、そういえばオレ、今日はずっとそこの路地にいたんだよ。あそこって日影だし、通りの向こうからパンの匂いがして良い匂いなんだ」


 捲し立てるように喋る少年は、チラチラとリリアの様子を伺っているようだった。


「そこの家も、ちょうど良く見えてたよ」


 何かを期待するような眼差しに、リリアはハッと思いついて椅子を反転させる。


「ちょっと待っててください!」


 キッチン裏の棚へと飛び込み中の物を強引に引っ張り出す。乗り上げた車輪の下から、何かが砕ける音がしたが、そんなことなどお構いなしに腕を動かした。


「こ、これ、良かったらどうぞ」


 息を荒げたリリアから差し出された紙袋をひったくるように受け取った少年は、中身を確認するとその場でチーズに齧り付いた。


「むぐむぐ、そういえば、おねいちゃん見たことあるよ。そこの家に住んでる人だよね? いつも不思議な椅子に座ってるから、オレ覚えてるんだよね」


 ごくりと喉を大きく鳴らす少年は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら次の一口を運ぶ。


「チーズって美味しいけど、喉に張り付いて食べにくいよね」


 モゴモゴと口を動かす少年は、半歩身を引いてリリアに背を向けた。


「え、あ、そうだよね、チーズって喉乾くよね。ちょっと待ってて」


 再び家へと飛び帰ったリリアは、キッチンの棚に入っていた瓶を取り出す。


 その途中、リリアの作業部屋に立て掛けられていた物にチラリと視線を向ける。


「・・・・・・念の為、これも」


 ガラス瓶を持って少年の元へと戻ったリリアは、持っていた瓶を少年へと手渡した。


「これ、前にオリバーさんから貰った物なんだけど、私は飲まないから良かったら・・・・・・」


 両手で差し出したビンを奪い取った少年は、石畳の縁を器用に使って瓶の蓋を開けた。


 反動で溢れた液体が、地面に赤い染みをつくる。


「んぐ、んぐ、んぐ」


 口の端から液体を滴らせながら喉を上下に動かす少年は、ビンを半分ほど空にすると、ようやくリリアへと向き直った。


「ぷはー。こんな美味しい物久しぶりに飲んだよ。ありがとう、おねいちゃん」


 踵を返して歩き出そうとする少年の腕を、リリアは咄嗟に掴む。


 思ったよりも強い力に、車輪が僅かに浮いて前のめりになる。


「あの! 誰か、何か、見てないですか!」


「えー、あー、そういえば、おねいちゃんが出かけた後、大きな馬車が家の前に止まってるのを見たかなぁ」


「それ、その馬車には誰が乗ってましたか!? 何処に行きましたか!?」


 ガクガクとゆさぶられた少年の頭が前後に振れ、リリアの椅子がガチガチと音を立てる。


「だ、誰かは知らねえよ。良い格好した男が何人か家に入って行ってたのと、その後はあっちの通りを港の方に曲がっていったくらい・・・・・・」


「ありがとう!」


 少年の言葉を聞き終わる前に、リリアの身体は弾かれたように動き出した。


 港までは、徒歩で数十分、リリアの速度では、さらに多くの時間が必要になる。


 酷使しすぎた手のひらからは血が滲み、腕は痺れて感覚が無い。


 張り裂けそうな喉から広がる鉄の味が、口の中を満たしていく。


 張り裂けそうな胃袋から、逆流しそうになる物を必死に呑み込む。


 耳に詰まった空気の膜が、周りの音を遠ざける。


 歪む車輪を無視して、段差を強引に越える。


 何とかたどり着いた港には、均一な造りの倉庫が幾つも建ち並んでいた。


 見回すと、一番海に近い倉庫の近くに、馬が繋がれたままの馬車が一台止まってるのを見つけた。


 音を立てないようにゆっくりと車輪を回す。


 首から下げたネックレスをそっと外す。


 物陰に隠れたまま、近付けるギリギリまで近づいたリリアは息を潜めて様子を伺っていた。


 遠くから、別の馬車が近づいて来ているのが見える。


 リリアの心臓がドクンと跳ねた。


 耳鳴りが聞こえる。


 視界が歪む。


 違和感は始めからあった。


 気が付かないようにしていた。


 必死に自分に言い訳して、目を逸らしていた。


 先に止まっていた馬車の横に、後から来た馬車が止まる。


 ゆっくりと開かれた扉の縁を、白い手袋が掴んだ。

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第4話は本日21時に投稿予定です。

その後は毎日12時、20時に投稿予定です。

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