第26話 気付き
露天風呂で汚れと疲れを洗い流したリリアは、第6寮の自室へと戻ってきていた。
「はあ、気持ちよかったなぁ、お風呂・・・」
第6寮に帰ってくるまでに風にあたって、程よく熱気の冷めた体で机に向かう。
ウィスパーテイルでは直接的な手掛かりは得る事は出来なかったが、気になる事はあった、もしもリリアの懸念が当たっていたとしたら・・・。
今部屋の中に残されている素材を確認し、記憶の中の素材と照合する。
「よかった。だいたいあってたみたい・・・」
足りない材料の調達に関しては、すでにエリスに依頼している。
時間はない、どこまで形に出来るかもわからない、それでも、手を動かさずにはいられない。
「あとは、事件の手掛かりが何かあれば良いんだけど・・・」
そうやって首を捻ったところで、何か良い考えは思い浮かばない。
今のところリリアにわかっていることは、生徒が次々と失踪していることと、事件はおそらく“学園内で起きている”ということだけだった。
そもそも、それがわからない。
ファンダリア魔法学園は、立地こそウェストーダム王国の王都近郊に存在しているが、対外的にはどこの国にも属していない中立機関となっている。
それ故にウェストーダム王国以外の貴族も多く通う学園の警備体制は小国の王城並みに厳しい。
そんな学園に侵入して、誰にも気づかれる事なく生徒を誘拐し外へと連れ出すなんて事が、現実的に可能なのか。
もしも可能なのだとしたら、今リリアが考えつく可能性は二つ。
一つ目の可能性は、学園ですら把握できていない未知の魔道具による警備の無力化。
これに関しては、大陸最大規模の魔法研究機関でもあるファンダリア魔法学園が把握できていない魔道具が存在し、あまつさえそれが犯罪者グループの手に渡っている可能性は限りなくゼロに等しいだろう。
二つ目の可能性は、学園内部の者の犯行、もしくは協力者がいる場合だ。
だがこれに関しても、確かに学園内に犯人若しくは協力者がいれば、警備の何らかの抜け穴を知っていてそれを利用した可能性も考えられる。
「だとしても、いったい誰が、何の目的で・・・」
ファンダリア魔法学園の職員採用試験は、王城の警備騎士の試験よりも厳しいと聞いたこともある。
それだけ厳密な試験を突破した人が、そんなに簡単に犯罪に手を染めるだろうか。
しかも、生徒の誘拐というリスクの高い犯罪にだ。
それにもしも、これが単なる誘拐事件なら、腑に落ちないことがもう一つある。
先ほどエリスに聞いたばかりの話がではあるが、失踪した生徒の家や学園には、身代金の支払いに関する話が何一つ送られてきていないらしい。
貴族の子供を誘拐するにあたって、金銭を要求しないなんてことが、あり得るのだろうか?
「もしも、犯人の目的が貴族の子供ではないのだとしたら・・・」
リリアが知る限り、失踪した生徒に共通していたことは、貴族の子供だということと、あとは・・・・・・。
「もしかして・・・・・・」
リリアの頭の中に、ある可能性が浮かぶ。
それと同時に、先日キャシーの机に置かれていた本のことを思い出す。
「––––––ッ!」
背筋に電流を流されたように弾き出されたリリアは、反転し全力で車輪を回す。
「すみません! トレバーさん、トレバー管理人さんッ、私をキャシーの部屋まで連れて行ってください!」
色褪せた皮椅子に深く腰掛け顔の上に雑誌を被せたトレバー管理人は、カウンターに齧り付くようにして叫ぶリリアを雑誌の隙間からチラリと見る。
「あー、朝からご機嫌だね、お嬢ちゃん3号。そんなに慌ててどうしたんだい?」
眠気を引き摺ったまま喋るトレバー管理人は、そのまま再び眠りにつきそうなテンションで話す。
「お休みのところすみません。今装置の魔力が切れてて、でも、どうしてもすぐにキャシーの部屋に行きたいんです!」
「どうしてそう思うんだい? それは本当に、お嬢ちゃん3号がやらなければならないことなのかな?」
ゆらゆらと体を揺らすトレバー管理人は、雑誌を取ることもなく会話を続ける。
「それは・・・。キャシーは友達ですし・・・・・・。学園は何もしてくれないから」
「友達、友達ねえ」
トレバー管理人は大きくのけ反った反動で上体を起こすと、俯くリリアの顔を覗き込む。
「君は、君が何かをする理由に、友達を使っているだけなんじゃないのかい? もしも失敗したら君は、その友達のせいにするつもりかい?」
「そんなッ、私べつにそんなつもりじゃ・・・」
反論のために顔を上げたリリアの瞳を、深い闇のように黒い瞳が覗き込む。
「自分の感情の言い訳に、他人を使うなよ」
「––––––ッ」
トレバーの言葉にリリアは咄嗟に言い返す事が出来なかった。
視線を落として口をつぐむリリアに向けて、トレバー管理人の手が伸びる。
「そんな落ち込んだ顔するなよー。嫌なことは嫌でいいってことさ、誰かを言い訳にしなくたって誰にも責められるものじゃない。お嬢ちゃん3号の気持ちは、お嬢ちゃん3号だけのものなんだからさ」
乱暴にリリアの銀髪を撫でるトレバー管理人は、気の抜けた顔で笑ってみせた。
「さ、2階に上がりたいんだったな。どれ、おじちゃんにお任せあれ」
そう言って立ち上がったトレバー管理人は、管理人室から椅子を持ち出すと、せっせと2階に運び始める。
階段を上った先に椅子を置いて戻ったトレバー管理人に、抱きかかえられるようにして2階へと上がったリリアは、トレバーにお礼を告げるとキャシーの部屋を目指す。
「じゃあオレはここで待ってるから、終わったら声をかけてなー」
リリアへ手を振るトレバー管理人を背に感じながら、キャシーの部屋へと入り机へ向かう。
昨日から何も変わっていない机の状況に僅かに落胆しながら、リリアは机の上に置かれたままの本を手に取った。
「やっぱり、キャシーはこの事に気付いたんだ・・・」
リリアの持つ本の表紙には“ファンダリア魔法学園の歴史”と書かれている。
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作者の稲屋戸兎毛です。
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