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魔力ゼロの車椅子少女、魔法学園へ行く〜天才魔道具技師は世界の常識を破壊する〜  作者: 稲屋戸兎毛


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第25話 束の間の休息

 ウィスパーテイルから逃げ帰ってきた夜。


 暗がりの中寮の自室へと戻ったリリアは、疲れからか装具を外すことすら忘れて、泥のようにベッドに倒れ込んだ。


 翌朝リリアは小鳥の囀りと、じっとりと湿った身体の不快感と、魔力切れになって動きを止めた装具の重さで目を覚ました。


 まだ気怠さの残る体を無理矢理起こし、ガチャガチャと装具を外す。


 取り外したペンダントを首にかけ、簡単に髪をとかすと、汗で湿った制服を脱いで、レースの付いたワンピースへと着替える。


 ベタつく身体を洗い流すために学園内にある共同浴場へと向かう途中、前方に見知ったうしろ姿が歩いているのが見えた。


「おはようエリス」


 どこかくたびれた様子のエリスに背後から声をかける。


 リリアの声に振り返ったエリスは、信じられないものを見たかのように大きく目を見開くと、優しく微笑んだ。


「おはようリリア、昨日の夜は大丈夫でした?」


「え、あーうん。少し慌てることはあったけど、全然大丈夫だったよ」


 情報を提供してくれたエリスに無用な心配をかけまいと、リリアは無理にでも笑ってみせる。


 そんなリリアの様子を見て、エリスは申し訳なさそうに顔を伏せると、いつもよりも低い声色で呟く。


「そう、大丈夫そうならよかったのだけど・・・。ごめんなさい、私なにもお店のことを把握できていなくて、貴女を一人で行かせるべきではありませんでした」


 はねた髪を手櫛でとかすように撫でるエリスが、申し訳なさそうに頭を下げる。


「そんな、頭を上げてください。私の方こそ、もっとちゃんと、お店のことを聞いてから行けばよかったんですけど、昨日は慌てていて・・・」


 わたわたと両手を振るリリアの姿に、エリスはくすりと笑う。


「お互い慣れないことはするものではありませんね」


 エリスはリリアの姿を下から上に流し見ると、膝の上に置いているバッグで視線を止める。


「ひょっとして、今からお風呂ですか?」


「はい、寮のお風呂は壊れているので、いつも学内の共同浴場を使っているんです」


「そう、それは残念ね。学内の共同浴場は昨日の夜から閉鎖されているわ」


「––––––えッ!?」


 エリスから提示された驚愕の事実に、リリアは昨日の学園長の言葉を思い出していた。


 確かに昨日、学園内の施設を閉鎖していくと言ってはいたが、まさかこんなに早いとは・・・・・・。


 昨日の疲れもあったので、湯船に浸かって疲れを洗い流したかったけど仕方ない、寮に戻って濡らしたタオルで体を拭こうと、リリアが思いを固め始めた頃。


 そんなリリアの様子を見ていたエリスが、提案とばかりに口を開いた。


「もしよかったらですけども、第1寮のお風呂を使いますか?」


「––––––えッ!?」


♢♢♢♢♢♢


 エリスと出会った並木道を少し進み、白い大きな門を超えて、優雅な庭園を抜けた先に第1寮はあった。


 隅々まで手入れの行き届いた純白の外壁には汚れ一つなく。朝日に煌々と照らされた窓ガラスが曇りなくキラリと輝いている。


「・・・これが、第1寮!?」


 自分が暮らす第6寮との雲泥の差に、リリアがあんぐりと口を開けて固まっていると、先を行くエリスが促すように声をかける。


「ええ、まあここは、本館ではなく別館の一つになりますけど、中はそこそこ綺麗に纏っていますのよ」


 別館? そこそこ綺麗? エリスの口から次々と飛び出す言葉に、リリアの脳が処理落ちしかける。


「着きましたよ。ここが第1寮の第26浴場ですわ」


 緑色の屋根と木で作られた外壁の建物が、庭園の中にポツンと佇んでいた。


「さ、入りましょう」


 ツカツカと先を歩くエリスの背中を、慌てて追いかける。


 エリスの後を追って引き違いの扉を潜った先は、幸いなことに目立った段差もなく進むことができた。


「ここは本館から少し離れているので、46ある浴場のなかでも結構な穴場なんですよ。特にこの時間はオススメです」


 赤と青に分けられた暖簾を潜ると、壁際に無数の棚が設置された広い空間へと出る。


「普段は第1寮の生徒以外は立ち入り禁止なんですけど、今回は特別ですよ」


 そう言って上着を脱ぎ始めるエリスに、リリアが声をかける。


「えっと、エリスも一緒に入るの?」


「ええ、私も昨夜は色々ありまして入浴がまだでしたので、一緒に入ろうと思ったんですけど、ダメでしたか?」


「そんな、全然ダメじゃないよ! ただ私はこのまま入るから、エリスが嫌じゃないかなって思っただけで・・・」


 リリアが座っている椅子へと視線を落とす。


「なんだ、そんなことですか。その車輪付きの椅子はリリアさんの足の様なものなのでしょう? 私がリリアさんの身体の一部を指して嫌悪することなどありませんよ」


「ありがとう」


 エリスの言葉に自然と頬が緩むリリアは、着てている服を脱いで丁寧に畳み棚の中へと入れると、浴場に向けて車輪を回す。


 浴場へ続く扉を開けると、温かい湯気が流れ出し、全身の素肌を心地よく撫でる。


「わー。すごい!」


 周りを高い柵でかこまれた浴場の奥には、建物と同じ様に木で作られた浴槽が存在し、天井はどこまでも高く青く澄み渡っていた。


「天井がない!?」


 驚き見上げるリリアの後ろに、身体に巻いたタオルを胸で押さえたエリスが近付いてくる。


「露天風呂と言って、最近王都で流行っているらしいですよ」


「へー。外にお風呂を作っちゃうなんて、王都の人は凄いことするね。それに外で服を着ないなんてなんかムズムズする」


 リリアは恥ずかしそうに身を捩る。


「私も最初は緊張しましたけど、周りには高い柵もありますし、柵よりも高い建物も近くにありませんから心配いりませんよ」


 木で作られた桶を片手に、肩からお湯をかけるエリスがふふふと笑う。


 エリスに見習い、リリアも肩からお湯をかける。


 お互い十分に身体の汚れを落としたところで、20人は入れそうな浴槽へと入っていく。


 リリアは浴槽の縁に手をかけると、両腕で身体を持ち上げ滑らせるようにして、縁へと腰掛けた。


「リリアさんは湯船に浸からないんですか?」


 足だけを湯船に浸けるリリアを見て、胸までお湯に浸かったエリスが疑問を投げかける。


「全身浸かると出る時に大変だから、いつも足だけ浸かっているの」


「そう・・・せっかく気持ち良いのに残念ね」


 残念そうに目を伏せるエリスは何かを思いついたように立ち上がると、浴槽の縁に腰掛けるリリアへと近づいてくる。


「え、え、えッ」


「こうすればリリアさんも、お湯に浸かれるでしょう」


「え、ちょ、エリス!?」


 困惑するリリアよそに、エリスがリリアの背中と膝裏に腕を差し込み軽々と落ち上げる。


「きゃっ」


 グッと近づいたエリスの瞳が、ジッとリリアを見つめる。


「どうですか? こう見えて私、結構力あるんですよ」


「は、はい」


 恥ずかしさに耳まで赤くしたリリアのことなど気にする様子もなく、背筋を伸ばし満足そうに微笑むエリスは、湯船へとゆっくりと腰を落としていく。


「そういえば、ウィスパーテイルでは、何か手掛かりになりそうな物はありましたか?」


「うーん。今回の事件と関係があるかはわからないけど、気になることはあったかも・・・・・・」


 触れた人肌の温もりを、流れるお湯の温度が上書きしていく。



 ––––––学園の完全閉鎖まで、あと12日。

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