第24話 ウィスパーテイル
すっかり日も沈み、涼しい夜風が頬を撫でる頃。
リリアはエリスから教えてもらった、ウィスパーテイルの前まで来ていた。
「ここに、今回の失踪事件の手がかりが、あるかもしれないんだ」
大通りから少し外れた路地にひっそりと佇むその店は、質素な石造りの外壁には似つかわしくないピンクの文字で、ウィスパーテイルと書かれた看板がかけられている。
ごくりと生唾を呑み込み、意を決して扉を開くとそこには、地下へと続く階段が広がっていた。
「さっそく階段かぁ、念のためこれを履いてきて正解だったかも」
車輪を回して車椅子を端へと寄せる。
今の蓄積魔力量では、3時間稼働させられるかどうかといったところだろう。
ペンダントを足にはめ、椅子からスッと立ち上がる。
リリアは深い階段の底を覗き込むと、大きく深呼吸をして、ゆっくりと一歩を踏み出した。
一歩を踏み出すごとに、硬い石と鉄がぶつかる音が響く。
窓や脇道もない狭い通路は薄暗く、オイル式のランプが壁から突き出している。
視線を下に向けると、奥の暗闇からぼんやりと灯りが見えた。姿勢制御は魔道具が自動で行ってくれているが、暗がりの中下りる段差はリリアの心にどんよりとしたモヤを落としていく。
冷たい壁に片手を添えながら、ゆっくりと階段を下っていく。
「そういえば、何のお店か聞いてなかったなぁ・・・」
せめて店の内容だけでもエリスに聞いておけば良かったと、今更ながらにリリアが後悔していると、唐突に段差が終わった。
「・・・・・・やっと着いた」
永遠とも思える階段を下りきった先にあったのは、ところどころ錆が浮いた鋼鉄の扉だった。
おそるおそるドアノブに手を掛け手前に引くと、鋼鉄の扉は軋む金属の音を響かせながら、見た目よりも遥かに軽く動いた。
「わっ・・・」
開かれた扉の隙間から、落ち着いた音楽が漏れ聞こえてくる。
近くの人の顔が何とか見える程度の薄暗い店内には、20人は超えるであろう人が、皆思い思いの場所に立っていた。
手前の右手側には長いカウンターが広がり、カウンターの内側には、シックな服装で身を固めた店員と思われる男性が3人立って、何やら作業をしている。
部屋の奥へ目を向けると、小高いステージの上には、様々な楽器を持った初老の男性達と、その中央に背中と胸元が大きく開き、小さな薔薇の刺繍に飾られた真紅のドレスを身に纏った若い女性が、その美声を震わせていた。
雑談の邪魔にならない程度に抑えられた演奏が耳に心地よく響く。
リリアは店の雰囲気と綺麗な音色にあてられ、しばらくの間、ぼーっと入口付近に突っ立っていた。
「ここは、お嬢さんのような子が来るには、まだ早すぎますよ」
白髪混じりの髪に、片眼鏡を掛けた店員が声をかけてくる。
店の雰囲気にすっかり呑まれてしまっていたリリアは、慌てて口を開いてしまった。
「あの私、レッドカクテルのホットをショットでいただきたいんですけど!」
リリアの言葉に店員は一瞬目を丸く見開くと、リリアの姿を上から下まで、ジロジロと値踏みするように眺めて目を細める。
「レッドカクテルのホットをショットでございますね?」
確認するように繰り返す店員は、チラリとカウンターの奥に目配せすると、リリアに奥へ向かうよう促した。
「どうぞ、奥のお部屋でご用意させていただきます」
店員に促されるまま、カウンターの横を抜けて、棚と棚の隙間にある扉から奥へと進む。
赤い絨毯に導かれるようにして、進んだ通路のの突き当たりで、金の天秤が描かれた扉の前までくると、店員はピタリと足を止める。
「こちらでお待ちください」
案内されたのは小さな個室だった。
明るい室内はシンプルな作りで、これまで歩いてきた通路や店内とは、また違った雰囲気を醸し出している。
「少々お待ちください」
そう言って店員の男は、部屋から出て行ってしまった。
部屋に一人取り残さらたリリアは、部屋の中に何かないか物色し始める。
部屋の壁紙やテーブルの裏、床に敷かれた絨毯など、思いつく限りの場所を調べている内に、リリアは部屋の隅に黒く焦げた跡を見つけた。
焼け焦げた壁紙と絨毯は、小さな棚の裏に隠されていたが、その特徴的な焦げ跡を指で擦ると黒く煤が付く。
「これって・・・・・・」
床にしゃがみ込んでリリアが考えに浸っていると、部屋の扉が唐突に開かれた。
「––––––ッ!」
慌ててテーブルの位置まで飛び逃げたリリアが視線を扉に向けると同時に、腰上までスリットが入り、胸元を大きくはだけた黒いドレスの女性が入ってくる。
店内で見かけた歌い手よりも、さらに蠱惑的な姿にリリアが思考停止していると、白く透き通った肌を見せつけるようにして、黒い皮の冊子を差し出した。
「お待たせいたしました。こちらが、お品書きになります」
椅子に腰掛けるリリアは、目の前に差し出された冊子に視線を落とす。
「あ、ありがとうございます」
そこには、女性の名前、年齢、体型などの詳細なプロフィールと、綺麗な似顔絵が記載されていた。
薄い冊子をペラペラとめくってみるが、どのページも書かれている内容に違いはない。
「あの、これって・・・・・・?」
ここからどうすればいいのか分からずに、ドレスの女性へおずおずと視線を向けると、女性はすまし顔で微笑む。
「お好きな子をお選びになってください。同時に複数人をご指名になられる場合は、要相談となります」
まだ上手く事態を呑み込めていないリリアをよそに、女性は淡々と説明を続ける。
「準備が出来次第、またお声がけいたしますので、こちらのお部屋でしばしお待ちください」
一向に動こうとしないリリアを不思議そうに見つめた女性は、ふと何かを察したような顔付きになる。
「女性のお客様は珍しいですが、たまにいらっしゃいますよ。それとも“買いではなく売りを”ご希望でしょうか?」
首を傾げる女性の姿に、リリアは猛烈な違和感と焦燥感を抱く。
今まで受けた説明を整理すると、ここでは“女性を商品として売り買いしている”らしい。
提示されている情報だけでは、リリアにはそれがどういうことか、詳細までは理解できなかったが、ここに居てはいけないという強い危機感だけが芽生える。
「あのッ! ごめんなさい、間違えました!」
よろける女性の脇をすり抜け、扉を抜けて通路を駆ける。
途中、やけに服装の乱れた女性とすれ違ったが、そんなことなど気にする余裕もなく、カウンター裏へと飛び出した。
「どうかなさいましたか!?」
突き刺さる店員の視線を一身に浴びながら、顔を伏せて出口へ向けて走る。
「ごめんなさいッ!」
鋼鉄製の扉を跳ね開けて、暗く湿った階段を全力で駆け上がる。
やっとの思いで、外へと抜け出したリリアは、車椅子を回収すると、人目が多い大通りを目指す。
途中、焦げた炭のような香りをジットリと纏い、フードを目深に被った人とぶつかりそうになりながらも、なんとか大通りまで抜け出せたリリアは崩れ落ちるように椅子へと腰掛ける。
頭上には、大きな月が輝いていた。
––––––学園閉鎖まで、残り13日。




