第19話 教室の違和感
ある日の昼間、いつものように教室で魔法工学の授業を受けていたリリアは、ふと教室の違和感に気がついた。
それは、教室の最上段にいつも座っているリリアだからこそ、気がついた違和感だったのかもしれない。
扇状に広がる教室の前で教鞭を振るう教授、まばらに着席した生徒達、リリアはその全ての生徒の顔と名前を知っている訳ではなかったが、それでも、明らかに”人数が少なかった”
いつも最前列でノートを取っている女生徒、最上段の端の席で、いつも決まって授業に遅れてくる男子生徒、午前中の授業の時は、リリアの斜め前で、だいたいいつも船を漕いでいる生徒。
少なくとも、リリアが気がつく範囲だけでも、3人の生徒の姿が見えなかった。
授業が終わり、教師が階段を上がってくる頃、リリアは今日の違和感を教授に直接聞いてみるために、扉の前で待っていた。
「あの、すみません」
呼び止められた教授は、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、すぐに表情を整えると、静かに振り向いた。
「なにか用かね。えー」
「リリアです。リリア・ボールドウィン」
「ああ、君がリリア君か。それで、ワタシの授業に何か不満でも?」
リリアの姿を、下から上へねぶるように眺めると、短いため息を吐いた。
「その不格好な椅子はなんだね? 魔道具ではなさそうだが、なぜ魔導力回路を搭載していないのだ?」
予想外の反応に、一瞬言葉を失ったリリアだったが、なんとか口を動かす。
「えっと、今この椅子に変わる装具を開発中なので・・・・・・」
リリアの言葉を聞いた教授は、さらに大きなため息を吐く。
「その動く椅子に変わる装具を開発していることと、その椅子に魔道力回路を搭載しないことに、何か関係があるのかね? 装具と言うからには、何か足に付ける魔道具なのだろうが、姿勢制御や動作調整などに魔力を食われるくらいなら、その椅子の車輪を魔力で動かした方が、数段魔力消費もマシだろうに・・・」
スラスラと喋る教授の言葉に、リリアがポカンと口を開けていると、教授はバツが悪そうにリリアから視線を逸らして頬を掻いた。
「おほん。それで、ワタシに聞きたいことがあったのではないかね」
ハッと我に帰ったリリアは、数回深呼吸をして、今日の違和感を投げかける。
「あのッ、今日の授業、生徒の数が少なく思えたんですけど、何かあったのですか?」
「君は彼らの友人なのかね?」
「いえ、そう言う訳ではないんですけど、ちょっと気になっただけと言いますか・・・・・・」
教授は少し考え込むと、諭すように口を開いた。
「彼らは体調不良で欠席だっただけだ。ただ、今回の件に限らず、君も余計なことには首を突っ込まないことをお勧めしておくよ」
そう言って教授は足早に去って行ってしまった、
たまたま3人が体調不良という事実に、胸の中に僅かな引っ掛かりを覚えたリリアだったが、奥へと仕舞い図書室へと向かうことにした。
図書室へと向かう途中、廊下に見慣れた緑髪の後ろ姿を見つけた。
「あ、リリア。今から図書室ですか?」
ちょうど振り返ったキャシーが、笑顔でリリアへと駆け寄ってくる。
「うん。キャシーは、ここで何してたの?」
「わたしは、もちろんリリアを待ってたに決まってるじゃないですか!」
「そっか、ありがとう。じゃあキャシーも一緒に図書室に行く?」
「もちろんです!」
今にも飛び跳ねそうなキャシーと並んで図書室を目指す。
その途中で、二人は今日の教室の話になった。
「そう言えば今日、私のクラス3人も休んでてさ、なんとなく気になって教授に聞いたら、全員ただの体調不良だって言われたんだよね」
リリアの言葉を聞いたキャシーが、驚いたように目を見開く。
「リリアのクラスも休んでる人がいたんですか?」
「え、キャシーのクラスにも休んでる人がいたの?」
「はい、今日は2人休んでましたね」
キャシーの言葉にリリアは車輪を回す手を止めて、その場で考え込み始めた。
「どうかしましたか?」
キャシーが怪訝そうな顔でリリアを覗き込む。
「やっぱり、ちょっと気になるって言うか、何だろうね」
「流行病とかですかね? 魔法使いは普通の人と比べて体も頑丈なはずなのに、こんなに流行るなんて、わたし達も気をつけなきゃですね」
どこか釈然としない想いのまま、廊下を進むリリア達の耳に大きな怒鳴り声が届いた。
「だから! 何度も言ってるだろ!!」
声のした方に視線を向けると、そこには、男性教授に詰め寄る、大小二人の生徒がいた。
一人は、背の低い小太りな男。
もう一人は、背の高い細枝のような男だった。
「あ、あれって・・・・・・」
隣に立つキャシーが、声を上げる。
リリアは、怒鳴る二人の顔に見覚えがあった。
クレイグを決闘で蹴り飛ばした、前日の記憶が蘇ってくる。
「もう一度、ちゃんと確かめてくれ!」
低い身長で、教授の胸倉に飛び掛かろうと跳ねているのが、あの日、クレイグの右隣に立ってリリアを嘲笑っていた小太りの男。
「このことが、モンクトン家に知れたら、どうなるか分かってるのか!」
小太りな男の後ろから、頭だけ出して文句を飛ばしているのが、左隣に立っていた、背の高い細枝のような男だった。
「わかった、わかったから、落ち着きたまえ。その件に関しては、目下我々も対応を検討しているところだ」
「これが落ち着いていられるか!」
茹蛸のように真っ赤になった、小太りな男は、唾が飛ぶことも憚かることなく大きく口を開く。
「クレイグの兄貴が、消えちまったんだぞ!!」




