第18話 夕暮れの噂
紙と、インクと、床板の木の匂いが静かに満たす空間に、ペラペラと紙をめくる音だけが響く。
入口すぐに設けられたカウンターの奥には、切長の瞳に小さな丸眼鏡を掛けた、知的そうな司書が腰を掛け、人がすれ違える程度のスペースを空けた本棚が、背高く整然と立ち並んでいる。
奥へ奥へと伸びる本棚の手前、広く確保された場所に、幾つものテーブルが置かれ、その一つに椅子の両脇に大きな車輪を付けた銀髪の少女が、背筋はピンと伸ばし、青玉のような瞳をそっと紙の上の文字へと落としていた。
「今日も、ずいぶんとたくさん読みましたね」
リリアの隣で、本を読んでいたキャシーがそっと囁く。
キャシーの倍以上分厚い本を、山のように積み上げたリリアが小さな頷く。
「うん。次から次に、気になる本が出て来て止まらなくて・・・」
キャシーはリリアの前に積まれた本の山へと視線を送ると、感嘆のため息を漏らして頬杖をつく。
「それにしても、読むの早いですよね。わたしも、よく本は読んでいた方ですけど、そんなに早くは読めないですよ」
「そうかな? まあ、でも、たしかに、魔道具作業の合間に読んでたから、自然と早く読む癖がついちゃってたのかも・・・・・・」
リリアは、ピンクの唇に指を当てて考え込む。
「それに、なんだか難しそうな本ばかりですよね・・・」
朝から着々と積み上げられた本の、背表紙を見たキャシーが呟く。
「そんなことないよ。確かにタイトルはちょっとお堅い感じだけど、内容はとても面白いから、キャシーにもおすすめだよ」
「じゃあ、さっそく読んでみますね!」
リリアの言葉に目を輝かせたキャシーが、早速分厚い本を一冊手に取ってみせた。
キャシーのあまりにもな食いつきように、おすすめした内容が不安になってきたリリアが、おずおずと口を開く。
「えっと、確かにおすすめとは言ったけど、あまり期待されるとちょっと・・・。正直、私まだキャシーの本の好みもよく知らないし・・・・・・」
「問題ありません。GMOTとして、銀脚の舞姫が、せっかくおすすめしてくれた物を、つまらないと思うような感性は持ち合わせていません!」
鼻息荒く力説するキャシーに、一抹の不安を覚えながらも、グッと呑み込んで笑顔を作る。
「ははは。その、銀脚の舞姫って呼び名だけでも、そろそろやめてもらえないかな?」
「はははは、何を言っているんですか? 名付けが新聞部と言うのは業腹ですけど、こんなに素敵でリリアにピッタリな呼び名、やめるわけないじゃないですか」
「・・・・・・そっか。じゃあ私、この本の貸出しカード書いてくるね」
垂れた眉を精一杯吊り上げて笑うキャシーの姿に、これ以上何かを言うことを諦めたリリアは、まだ読みかけの本を数冊、膝の上に積み上げると、司書の居るカウンターを目指して車輪を回し始めた。
柔らかい絨毯の上を進むのも大分慣れてきたリリアは、難なくカウンターの前まで辿り着くと、貸出カードを司書へと手渡す。
「お願いします」
手元の本から視線を上げた司書は、リリアから差し出された貸出カードを無言で受け取り内容を確認すると、サラサラと返却予定日を記入し本をリリアへの前へと置いた。
「返却期限は一週間です」
ただ淡々と事務的仕事をこなした司書は、それだけ言うと、また手元の本へと視線を落とした。
図書室の扉を出て、廊下を並ぶリリアとキャシーは、それぞれが借りた本を抱えて歩く。
太陽が山向こうに沈み始め、夕焼けに赤く照らされた道を歩くキャシーが、ふと口を開いた。
「そういえば、最近学園内でこんな噂が流れているのを知っていますか?」
「え、また、銀脚の舞姫関係じゃないよね?」
あからさまに顔を曇らせたリリアが、怪訝そうに問い直す。
「GMOTとしては、銀脚の舞姫関係の話はいつでも大歓迎ですけど、今回は違います」
等間隔で植えられた並木の影が長く伸び、道行人の姿もまばらになっていく。
「“夕暮れの亡霊”って噂なんですけど、知りませんか?」
陰を色濃く落とし始めたキャシーの顔を見上げたリリアが、不思議そうに首を傾げる。
「夕暮れの亡霊? 聞いたことないけど・・・・・・。学園内で幽霊が出るってこと?」
死んだ人間が実体を伴わずに、精神体のみで存在するなどと言うことを、リリアは別に信じてはいなかったが、そう言った怪談話しが世に存在し、それを一定の割合の人間が信じていると言うことは知っていた。
「いいえ、今回の噂は、幽霊が出るって話ではなくて、“幽霊のように消えてしまう”って話なんですよ」
「消えるって、学園内で誰か行方不明になってるってこと?」
リリアの問いかけに、キャシーは首を捻り唸る。
「うーん。それが、具体的に誰がって話までは聞いてないんですけど・・・・・・」
目の前で指をクルクルと回すキャシーが、垂れた眉根を寄せて言葉を続ける。
「わたしが聞いた話だと、例えば、夕暮れの薄暗い教室から女生徒が忽然と消えたとか、夕方に寮から出た男子生徒が帰ってこなかったとか、今はほとんど使われていない、第八実習場で消えたはずの生徒を見たとか、ですかね・・・・・・」
キャシーは指折り数えて、聞いたことのある噂を口に出す。
「でもさ、もしもそれが本当なら、今頃学園中でもっと騒がれてても良くない? だって、生徒が消えるって、それが例え一人でも大問題でしょ?」
「それも、そうですね。わたしも、GMOTの会員から聞いた話なので、実際のところはよく知らないんですよね」
暁に染まる夕暮れが、闇へと切り替わっていく境界線をなぞるように、談笑する二人は第6寮へと帰って行く。




