第17話 銀脚の舞姫
紺色の制服に身を包み、広い廊下を進むリリアの銀髪を、暖かな風が心地よく撫でる。
口角を緩ませ、笑顔を浮かべるリリアの隣を、同じように笑顔を浮かべながらキャシーが歩く。
––––––クレイグとの決闘から一週間。
リリアの日常は、当初望んでいた平穏を取り戻そうとしていた。
ただ、一点を除いて・・・・・・。
あの日森の中で、気絶したクレイグを抱えたトレバー管理人は、『じゃあ、残りの手続きはこっちでやっておくから。お嬢ちゃん3号は、夕方の祝勝会まで休んでていいよ』という言葉だけを残して去って行ってしまった。
あまりにも、一方的に話して去って行ったので、車椅子まで連れて行って欲しいと頼みそびれたリリアが、どうしたものかと頭を悩ませていると、すぐ側の木の影にリリアの車椅子が置かれているのを見つけ、無事に寮まで帰ることができた。
それから、どういった手続きが行われたのか、リリアには詳しいところは分からない。
ただ夕方に管理人室に呼ばれたリリアが、同じように呼ばれていたキャシーともう一人の寮生の計四人で、管理人特製漆黒料理を食べて朝を迎えると、部屋は元通りになっていた。
クレイグには、あの日以降会っていない。
「それにしても、驚きですよね!」
垂れた瞳を爛々と輝かせたキャシーが口を開く。
「まさか、リリアの魔道具が、あそこまで凄い物だったなんて、わたし、あんなに早く動く人、初めて見ました!」
この一週間、何度も何度も聞かされた言葉に、リリアは肩をすくめる。
「言い過ぎだよキャシー。それにあれは、通常の使用方法じゃなくて、意図的な魔力暴走で過負荷運転してるだけで、魔道具にもすごく負荷がかかるし、安全設計値を超えた出力をするから、まだ身体痛いし・・・」
「魔道具の難しい仕組みは、わたしにはよく分かりませんけど、それでもやっぱり凄いことですよ!」
キャシーは声高に鼻を鳴らすと、肩から掛けた鞄をあさり始める。
「今や学内は、”銀脚の舞姫”の話題で持ち切りなんですから!」
「え、なにそれ!?」
「知らなかったんですか? 校内新聞の見出しに大きく出てましたよ」
そう言ったキャシーは、廊下の一角を指差す。
キャシーの指先を辿り壁へと視線を向けると、そこには、等間隔で並べられたビラが何枚も貼り付けられていた。
やけに目立つ色味を、ふんだんに使用して作られた、そのビラには、
“純血派貴族の独裁に否を蹴りつける! 体制の変革者現る、銀脚の舞姫、リリア・ボールドウィン”
の文字と、ポップなテイストで舞踏会を舞う少女のイラストがでかでかと描かれていた。
ビラの内容を目にしたリリアは、口をパクパクと動かし、目を白黒させる。
「なに・・・これ・・・」
「銀脚の舞姫のイラストですよ。もちろん実物のリリアの方が、100倍可愛いし、カッコいいですけどね!」
なぜがリリアの隣に立つキャシーが、胸を張って鼻を高くする。
「そして、これがGMOTの会員バッジです!」
キャシーの鞄から出てきたのは、シルバーの丸いプレートの中央に、羽の生えた長髪の少女が飛び立つ絵が描かれたバッジだった。
「じーえむおーてぃー? かいいんバッジ?」
「はい、銀脚《G》の舞姫《M》推《O》し隊《T》の会員バッジです。しかも会員番号0の特別版ですよ!」
なぜ隊なのに隊員ではなく会員なのかとか、そんな隊いつから存在しているのかとか、それは一体何をする隊なのかなど、聞きたいことは山ほどあるリリアだったが、それら全てを呑み込んで一つの質問を投げかける。
「ちなみに、その隊の代表の人は誰なの?」
「もちろん、わたしです!」
屈託のない純粋な笑顔が、そこにはあった。
あの、普段は大人しい緑髪の少女の、どこからこんな情熱が湧いてくるのか。
「キャシー。悪いことは言わないから、誰かに知られる前に、その隊は解散した方が良いと思うな」
不安そうな顔でキャシー見つめるリリアは、精一杯言葉を選んで口に出す。
「なにを言っているんですか。もう会員No.10まで埋まってますよ!」
キャシーを除いて、すでに10人もこんな訳のわからない集まりに参加している事実に、リリアは頭がくらみそうになった。
「まだまだ、これからGMOTは大きくなりますよ。いえ、大きくして見せます!」
「そ、そう。頑張ってね・・・・・・」
鼻息荒く、両拳を握りしめるキャシーの姿と、鞄の隙間から覗く大量のバッジに、リリアはそんな言葉しか掛けることができなかった。
とりあえず、見つけたビラは全て撤去しようと心に決めたリリアは、図書室へ向けて車輪を回す。
––––––リリア達がそんな会話を繰り広げていた頃、静寂に包まれた第6寮の扉を叩く音が響いていた。
「相変わらず、辛気臭いところだねぇ」
カウンターの埃を指先で拭った、妙齢の女性がふっと息を吹きかける。
「これはこれは、ダウニング学園長ではありませんか。今日はどういったご用向きで?」
カウンターの奥で椅子に深くもたれたトレバーが、だらけた姿勢のまま横目だけで挨拶を送る。
「とぼけるんじゃないよ。今年から入った子のことさ、どうだい使えそうかい?」
カウンターに肘をついて覗き込むダウニング学園長を尻目に、トレバーは肩をすくめてみせた。
「はて、仰っている意味がよくわかりませんね。今年入って来た、お嬢さん3号なら、見かけによらず活発な良い子ですよ」
「お嬢さん3号ねぇ・・・。アンタも随分と丸くなったもんだね。まあ、アンタが良い子と言うなら、その子はきっと使えるんだろうさ」
トレバーの言葉を聞いて満足したのか、踵を返すダウニング学園長が、扉の前ではたと立ち止まると、振り返ることなく言葉を投げた。
「そういえば、最近学園内にネズミが出るらしいんだよ。ここは他の寮と比べてクセがあるからね、ネズミに噛まれないように気をつけな」
「ご忠告どうも、まあ小さなネズミの一匹や二匹、あの子達だけでもなんとかするでしょう」
そう言ってトレバーはまた、雑誌を顔の上に被せると、椅子に深くもたれかかる。
そんなトレバーの姿を知ってか知らずか、ダウニング学園長は短い笑い声だけを残して、霧のように消えた。




