第16話 決闘開始
クレイグが、右手に握ったスレイブノトスへと魔力を流していく。
クレイグを中心に、円を描くようにして動く風が、右腕を這うようにして刃へと集められる。
「まずは腕をもらう! 貫け、スレイブショット!」
真っ直ぐと突き出された切先から放たれた風が、周囲の刈草を巻き上げながらリリアへと直進していく。
細く渦を巻く風の刃は腕からは僅かにそれ、リリアの左肩へと吸い込まれるように貫く––––––ことはなかった。
クレイグの放った魔法は、無人の車椅子の頭上を素通りし、遥か後方の木に細い穴を穿つだけで終わる。
「・・・・・・は?」
間の抜けた声を漏らしたクレイグは、腕を突き出した姿勢のまま、先ほどまでリリアが居たはずの場所を凝視していた。
太陽を反射した白銀が、一瞬クレイグの視界を白く奪う。
直後に落とされた大きな影の下で初めて、クレイグは頭上高くを舞う存在に気がついた。
紺色の長いスカートをはためかせた“それ”は、空中でぐるりと体を捻ると、鈍い金属音と共にクレイグの背後へと着地する。
空中に描かれた軌跡をなぞるように、大口を開けて首を捻ったクレイグの目に飛び込んできたのは––––––。
銀に輝く両脚に蒼雷を纏い、低く腰を落とし、今まさに飛び掛かろうとする、リリアの姿だった。
「おま––––––!」
焦点が定まる前に、ボヤけた視界に映る、乱れた銀髪と跳躍する肢体。
短い破裂音が鼓膜を震わせ、膨張した空気が腹の底から耳を打つ。
大きく目を見開いたクレイグは、言葉を吐き出し切る前に、身体をくの字に折って森の中へと飛んで消えた。
野次馬の囲いから弾き出されたクレイグを、目で追ったトレバー管理人が、クルクルに絡まった頭をボリボリと掻く。
「えー、あー。ちなみに、どちらかが負けを認めるか、戦闘継続困難とオレが判断したら、負けってことで・・・・・・」
反動で後ろに飛んだリリアの足元に、短い轍が刻まれる。
地面に短い線をつけたリリアは、クレイグが飛んでいった方向を真っ直ぐ見つめ姿勢を整える。
「あと186秒・・・・・・」
呟くリリアは、自分に残された時間を噛み締めるかのように目蓋を閉じた。
閉じた目蓋の裏には、バチバチと弾ける光が残り、沸騰しそうになる脳を唇を噛み締めて耐える。
ゆっくりと、冷静に、意識を感覚のない両脚へと集中させていく。
出力制御の外れた白銀の魔道装具が、嵌め込まれた魔力集積装置から、魔力を湯水の如く吸い上げる。
「・・・・・・走ります」
めり込んだ足裏が、地面を大きく抉り飛ばす。
跳ねるように走るリリアの姿が、一筋の閃光となって森の中へと消える。
リリアの視界を流れる景色の速度は、すでにリリアの動体視力の限界を超えていた。
なんとか、大きな木だけでも、優先して回避する。
自律回避機構に振り回された、白銀の魔道装具が軋み悲鳴をあげる。
散在する低木までは回避できず、枝葉が素肌を掠め、リリアの体に小さな傷を無数に刻んでいく。
流れる景色の中に、リリアがつけたものとは違う痕跡が残されていることに気付いた。
折れた枝、散乱した葉っぱ、傷ついた幹、おそらくそのほとんどが、先行して吹き飛んできたクレイグのつけたものだろう。
クレイグが持っている魔道具。
“スレイブノトスの軍用第3世代”には、特徴的な機能が一つ備わっている。
もともと、治安維持隊や衛兵隊に多く配備されているスレイブノトスは、その設計コンセプトからして、屋内での鎮圧戦闘を主眼に置いて作られている。
その最たる機能は、“所有者の認識している敵対的な攻撃を半自動で弾く機能”だ。
半自動というのは、その迎撃速度は、所有者の反射神経に依存していることに由来する。
その機能の恩恵を受けたのは、先ほど吹き飛ばされたクレイグも例外ではない。
「・・・・・・あと163秒」
走るリリアの前方に、一際大きな大木が現れた。
その木の根元には、うずくまるようにして横向きに倒れるクレイグの姿があった。
「見つけた」
呻きながら、なんとか上体を起こすクレイグが、土に塗れた顔をリリアへと向ける。
「お、まえ・・・なんだ、その魔道具は・・・・・・」
スレイブノトスの防御機構で、衝撃を殺しきれなかったのだろう。
顔を歪ませ、腹を抑えたクレイグが、その綺麗な金髪を土と泥と枝葉で、ドロドロにしながらリリアを睨む。
「これは・・・・・・」
そこまで言いかけた、リリアの口が止まる。
「そういえばまだ、名称を決めてなかった・・・」
顎に手を当てたリリアは少しだけ考え込む素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。
「とりあえず今は、魔力集積装置対応型自律歩行魔道装具ってところかな?」
「魔力集積装置?・・・・・・なんだそれ、ふざけてるのか? そんな魔道具聞いたことないぞ!」
「そうだね。だってまだ一つしかないし、それもまだ未完成だしね」
リリアの言葉にクレイグが目を見開き、口をあんぐりと開ける。
「一つしかない、だって? お前のような平民の椅子女が、オーダーメイドの魔道具を持ってるって言うのか?」
「まあ、オーダーメイドと言えば、オーダーメイドになるのかな」
みるみる赤くなっていくクレイグが、唾を撒き散らしながら怒鳴る。
「ありえない、ありえないだろ! オーダーメイドの魔道具がいくらすると思ってるんだ!」
リリアは以前オリバーから依頼されたオーダーメイド魔道具の収入を思い出す。
「たしか、制作期間3ヶ月で60万ゴールドだったから、大体200万ゴールドくらい?」
「1000万だ! 1000万! 最低1000万ゴールドはかかるんだぞ!」
「え! そんなに!?」
大きく腕を振り上げたクレイグが、右手に握る魔道具を地面に何度も叩きつける。
「ありえない、ありえない! ありえないぃい」
地面に突き刺さったスレイブノトスが、土ごと風を巻き上げ纏う。
「お前は、僕に、倒されるべきなんだぁ!!」
がむしゃらに突き出された切先を、リリアは右足を半歩引いて躱す。
「えい!」
残された左足を軸に回転したリリアの右足が、狂いなくクレイグの鳩尾に振り抜かれる。
「ぐえっぷ」
リリアの白銀の魔道装具と、大木の幹との間に挟まれたクレイグが、潰れたカエルのような声をあげる。
「防御機構のおかげで、直撃はしていないですよね? で、どうしますか、続けますか? それとも負けを認めますか?」
「ぐっ、えっ、ふっ、ざけるな! 誰が、お前なんかに・・・・・・」
両目にいっぱいの涙を溜めて、口の端から涎を垂らしたクレイグが、顔だけを上げてリリアを睨みつける。
「そうですか・・・じゃあ、時間もあまりないので、意識が無くなるまで蹴り続けますけど、良いですね?」
バチバチと雷を纏う右足を上げたリリアの言葉に、クレイグの顔から血の気がなくなっていく。
「残り40秒。死ぬ前にギブアップしてくださいね」
「ちょ、ちょっ、まっ!」
「せーの」
高速で蹴り出されたリリアの右足が、クレイグの顔面に迫る。
ドンッ! と何かが砕ける音と、低い振動が森の中へこだまする。
まるで、様子を伺っていたかのように、トレバー管理人が木の陰から姿を現した。
「あー。これは、戦闘続行不可能だね」
木の幹にもたれかかるようにして、白目をむいたクレイグが力無くへたり込んでいた。
「では、今回の決闘の勝者は、リリア・ボールドウィン」




