第15話 決闘前夜
板を打ちつけた窓の隙間から、夜風が時折り流れ込んでくる。
揺れるランタンの火を頼りに、机に齧り付いているリリアの姿があった。
荒らされた部屋の片付けもそこそこに、明日使うことになるであろう装具の調整を繰り返す。
クレイグとの決闘は、リリアが考えていたよりも、かなりあっさりと決まった。
日時は明日の正午で、場所は第六学生寮の前の広場となった。
クレイグ側から提示された条件は二つ。
一つ目は、リリアが負けた場合、中央棟の広場で、額を地面に擦り付けてクレイグに謝罪すること。
二つ目は、その後1時間以内に荷物をまとめて、ファンダリア学園から出ていくことだった。
「今晩のうちに、荷物をまとめておくんだな!」
そう言いながらリリアの額を小突くクレイグは、取り巻きの二人と高笑いしながら去っていった。
カタャカチャと机に張り付くリリアの背後から、か細く遠慮がちな声がする。
「リリア、大丈夫?」
「キャシー」
吹き飛ばされた扉の前に小さくなって立っているキャシーは、薄明かりの中でもわかるほど表情を沈ませている。
「クレイグと決闘することになったって聞いたけど・・・・・・」
「誰から聞いたの?」
リリアの言葉にビクッと一瞬跳ねたキャシーが、チラリと後ろの管理人室へと視線を向ける。
「帰って来たら、管理人さんが、面白い話があるって教えてくれたの。なんでも、決闘する生徒なんて25年ぶりなんだって・・・・・・」
キャシーの管理人という言葉に、リリアの頬がピクリと引き攣る。
「そっか、管理人さんに聞いたんだ・・・・・・。それで、キャシーはどうして来てくれたの?」
何度も言葉を呑み込んだキャシーが、意を決したように口を開く。
「リリア、今からでも、決闘を取りやめてもらおう」
堰を切ったようように溢れる、キャシーの言葉は止まらない。
「リリアは知らないかも知れないけど、モンクトン家は代々軍人の家系なんだよ。クレイグだって素行が悪くて今まで学園に通えてなかっただけで、今回の実技試験だって1位だったって聞くし・・・・・・」
チラリとリリアの顔色を伺うキャシーが続ける。
「リリア、殺されちゃうよ」
そう言い放つキャシーの顔は、大袈裟でも冗談でもなかった。
「確かにリリアの魔道装具はすごいけど、その、歩いたり走ったりは誰にだってできる。ただ走れてもクレイグには勝てないんだよ!?」
不安そうなキャシーの声にリリアは、胸の中に沈澱する黒いモヤが少し晴れていくような気がした。
深呼吸して、現状を整理する。
確かにキャシーの心配は当然だった。
術式制御の大半を魔道具が肩代わりしているとはいえ、それを使う魔法使いが、ただ魔力を流せば良いなどということは無い。
ペンで文字を書くように、魔道具を使う魔法使いにも、技術は必要になってくる。
故に、普通、魔法使いが一度に使用できる魔道具は、一つまでと決まっているのだ。
厳密には、リリアは自前の魔力で魔道具を動かすわけではないので、この理論は当てはまらないのだが、魔力集積装置が現状一つしかないことを考えると、あながち的外れな心配でもない。
その貴重な魔道具の枠を、リリアは皆んなが魔道具無しでもできることに使用するのだから、傍目から見れば、クレイグに魔道具無しで挑むようなものなのだろう。
「ありがとうキャシー。でも大丈夫、私だってなんの勝算もないのに、決闘を挑んだりしないよ」
「でも、クレイグの魔道具は・・・・・・」
「大丈夫。ありがとうね、キャシー」
リリアの言葉に、キャシーはそれ以上何も言わなかった。ただ心配そうな目を向けて部屋を後にした。
♢♢♢♢♢♢
翌日正午。
第六学生寮の広場は、約25年振りに行われる決闘を見に来た生徒で溢れかえっていた。
「おい、椅子女! 地面に這いつくばって謝罪する準備はできたか? 荷物を纏めて出ていく準備は? まだでも、待ってやらないけどな!」
その言葉はリリアのことを指していたが、リリアに向けられてはいなかった。
クレイグはこれみよがしに、野次馬を見回すと、演技かかった口調で続ける。
「お前のような貧相な平民が、モンクトン家に楯突いたらどうなるか! 人間ぶったその布切れ、剥ぎ取って地面に転がしてやるよ!」
クレイグの挑発めいた言葉に、リリアは落ち着いた様子で口を開く。
「大丈夫? 貴方こそ、私の部屋の修理代は準備してきてくれた?」
「あ? そんなもの準備するかよ!」
腰から短剣型の魔道具を抜いたクレイグが、舐めるようにリリアを見る。
「何か勘違いしているみたいだから教えてやるけどな、これは貴族同士の誇りある決闘じゃない! 身の程知らずの平民を蹂躙するショーなんだよ!」
淡い光を纏ったクレイグの短剣が、刀身を緑に染めていく。
「お前はただ、黙って僕に切り刻まれてればいいんだ!」
細かい草の残骸が、クレイグの短剣へと渦を巻いて集まっていく。
いつのまにか二人の間に割って入った管理人が、ボサボサの頭をやる気なさげに掻きながら立っていた。
「えーでは、過去の慣習に則って、第六寮管理人であるトレバー・ウォーラルが立会人を務めまーす」
両手を高く上げたトレバー管理人が、リリアとクレイグに交互に視線を送る。
「では、お嬢さん。準備はオーケー?」
トレバー管理人が、リリアの脚元へと視線を送る
「音声入力起動・・・・・・」
車輪から手を離し、そっと両足の魔道装具に触れる。
「クレイグの魔道具はスレイブノトスの軍用型第3世代、見た目の装飾以外には、目立ったカスタムはしてなさそうだから・・・・・・」
「なにブツブツ言ってるんだよ!」
つま先で地面を掘るクレイグが、苛立ちを隠そうともせず怒鳴る。
「・・・・・・速攻で決める」
2人の言葉など、何の意にも介していないトレバーが、両手をダラダラと振り下げる。
「では、はじめ」
「安全弁急速全開放。回路の保持を無視、出力上限値を最大に・・・・・・!」
リリアの両脚に白銀の光が宿る。




