第14話 不穏の気配
第三図書室でクレイグ・モンクトンが因縁をつけてきてから数日。
あの日クレイグはリリアの椅子を蹴るだけ蹴って悪態を吐くと、不機嫌そうな顔で去っていった。
数歩下がった後ろで、様子を伺っていたキャシーは、眉と肩を落としてただ一言『ごめんなさい』と謝った。
キャシーが言うには、モンクトン家は純血派貴族の中でも、源流を四大貴族に持つ、それなりに上流の貴族とのことだった。
キャシーの実家であるオケリー家は、純血派でこそないが、家の格としてはモンクトン家に遥かに劣るらしく、ここでモンクトン家に目をつけられると実家にも影響が出てしまう。
そう言って顔を伏せたキャシーに対して、出かかった言葉を呑み込んだリリアは、仕方ないよとキャシーの背中を見送った。
それから今日まで、クレイグの嫌がらせは多岐に渡った。
最初の頃は、すれ違い様に椅子を蹴ってきたり、遠巻きにわざと大きな声でリリアの聞くに耐えない悪口を言っている程度だったが。
最近では、反応の薄いリリアに痺れを切らしてきたのか、食堂でリリアのスカートにわざとスープを溢したり、ちょっと目を離した隙に、教科書をリリアの手が届かない棚の上に置かれたりした。
「はあ、これいつまで続くんだろう・・・・・・」
ため息混じりに車輪を回すリリアは、スカートの越しに白銀の装具に触れる。
入学から今日まで、調整を続けてきた装具だが、今ではグスタフの嫌がらせ対策に、毎日装着して生活していた。
「うーん。やっぱり長時間つけたままだと、だいぶ蒸れてくるなー。通気性の確保をなんとかしないと・・・・・・」
太陽はほとんど山向こうに沈み、空を染める深紅が、濃紺へと移り変わり始める頃。リリアは膝の上に閉店間際の食堂で安く譲ってもらったパンを乗せて、夕暮れの道を寮へ向かって進んでいた。
「早く、また図書室に行きたいな」
相変わらず、沈み込む車輪にも慣れてきたなと思いながら、ため息を漏らす。
あの日から、図書室には行っていない。
というのも、行く先々で喚くクレイグ一行のせいで、静かな図書室を荒らしては行けないなと思い、自粛しているのだ。
貴族が多く通う学園に、平民はほとんどいない。
少なくとも、リリアは自分以外に、平民の生徒を見た事はない。
貴族が平民を見下す事は、当たり前のことだ。
今まで会った貴族が、エリスやキャシーのように、分け隔てなく接してくれていたので、その事実をすっかり忘れそうになっていた。
「ま、そのうち飽きれば、やめてくれるよね」
そんな風に考えていたリリアの思考は、どうしようもなく間違っていたのだと突きつけられる。
リリアはその日、帰り着いた寮の姿に違和感を覚えた。
第6学生寮に入って一週間程度。常にそこにあった物が綺麗さっぱり消えていたのだ。
「・・・・・・草が消えてる」
今朝までは確かにそこに鬱蒼と茂っていた草が、今では靴底の厚さ程度の高さに切り揃えられている。
「管理人さんが刈ってくれたのかな?」
チリチリボサボサ頭で、いつもくたびれた服を着ている管理人が、鎌を持って草を刈る姿を脳裏に浮かべてみる。
そのあまりの似合わなさに、少し吹き出しそうになったリリアは、ニヤける顔を堪えながら寮の扉を潜った。
初日こそ開けるのに苦戦した扉だったが、あれから今日まで、リリアの帰るタイミングに合わせるかのように、帰ると扉が開いている。
やけに汚れた床を進みながら、管理人室へ視線を向けると、椅子にもたれて眠っているのか、ボサボサの頭だけが、カウンターから生えている。
ホールを進むと廊下の奥の突き当たりに、管理人から許可を得て引き戸に改装中の扉が––––––吹き飛んでいた。
「え!?」
吹き飛ばされた扉は窓に突き刺さっており、床には、ズタズタに切り裂かれた教科書と、ボロボロになったリリアの工具が散乱している。
ダーツの矢のように壁に突き刺さった工具の側には、赤い塗料で『失せろ椅子女』の文字。
「なんで、ここまで・・・・・・」
震えるリリアの背後で、間の抜けた声が響く。
「おー、お嬢ちゃん3号帰ってたのか。そう言えば昼間に友達が訪ねてきてたぞー」
間延びした音声が、やけにゆっくりと聞こえる。
「扉を吹き飛ばして入っていくなんて、だいぶアグレッシブな友達を持ってるなぁ」
見ていたなら止めてくれれば良かったのに、いったいどこの世界に、部屋の扉を吹き飛ばす友達がいるのか。
「しばらくは、ダーツみたいな事をして遊んでたけど、リリアが一向に帰って来ないから、壁にメッセージだけ残して帰っていったぞ」
いつか見た部屋の光景が甦ってくる。
クレイグとチリボサの管理人の沸いた頭に、込み上げる怒りを抑えて振り返る。
「特性酸っぱい鍋をご馳走しようと声をかけたんだけど、振り向かずに行っちゃったよ。結構シャイな子達だね」
能天気に鍋を抱えるチリボサ管理人の脇を高速で通り抜けたリリアは、クレイグのいるであろう第三学生寮へと車輪を速めた。
♢♢♢♢♢♢
第三学生寮についたリリアは、管理人に声をかけようと、入口へと向かう。
「お、なんだ、なんだ。オンボロ部屋が汚すぎて、ここに移りにきたのか? お前みたいな平民が、この寮に入れるわけないだろ」
振り返ると、嫌味な金髪とローブが、夕刻の風に揺れていた。
「貴方がやったの?」
「ああ、気に入ってもらえたかな? あまりにも殺風景な部屋だったんでな、賑やかになってただろ?」
クレイグの両隣には、背の低い小太りな男と、背の高い細枝のような男が、ニヤニヤ笑いながら立っている。
「あの道具は、お爺ちゃんから貰った大切な物なんです。どうしてこんな酷いことができるんですか? そんなに私が気に食わないですか?」
両拳をギュッと握りしめ、しっかりとクレイグを見据えるリリアの視線が癪に触ったのか、クレイグが腰から短剣を抜き放った。
クレイグの性格をそのまま反映したような短剣は、持ち手をゴテゴテに装飾され、刀身にも華美な彫り込みが施されている。
「ああ、気に入らないね。できることなら、この場で八つ裂きにしてやりたいくらいだ。それが嫌なら、サッサっと出ていくことだな」
リリアの喉元に鋭い冷たさが触れる。呼吸の度に薄皮を突き刺すそれを、意識しないように声を上げる。
「貴方に、何かを強制する権利はありません」
「ああ、残念なことにな。ここが学園の外なら、反逆罪でどうとでもなるんだけどな」
中立を掲げるファンダリア魔法学園は、立地こそ王国だが、その敷地内は治外法権になっている。
「謝罪する気はありませんか?」
リリアの言葉をクレイグは鼻で笑う。
「ないね、僕は悪くない。お前が消えるまで、やめるつもりはない」
リリアは一瞬だけ視線を落とすと、まるで事前に考えていたとでも言わんばかりに、迷いなく口を開いた。
「わかりました。では、決闘をしましょう」
クレイグは最初、リリアから飛び出した言葉を理解できずに、何度も瞬きを繰り返していたが、その言葉の意味を理解した瞬間、吹き出した。
「ハハハハハッ! 決闘? 決闘だって!? 平民のお前が? 僕と? ハハハハハッ!」
クレイグの両脇に控える、大小二人の男もつられて笑い出す。
「はーあ、本気で言ってるのか?」
ひとしきり笑い終えた、クレイグの表情から笑みが消える。
クレイグを真っ直ぐと見据えたリリアが、静かに芯の通った瞳のまま口を開く。
「本気です。“学園規則910条、生徒同士が国又は文化若しくは主義等の違いから、争う場合は、魔法による決闘でその是非を問う”私が勝ったら、もう二度と私に関わらないでください。あと、壊した部屋代と教科書代も払ってください」
よく通る声で高らかに宣言したリリアとクレイグ達の周りには、クレイグの馬鹿笑いに引き寄せられた野次馬が、わらわらと群がり始めていた。




