幕間 第12.5話 煮えたぎる情熱の赤
「はいはい、皆んな席についてー」
エプロン姿の管理人が、リリアとキャシーに着席を促す。
つれられた管理人室の隅には、これでもかと言うほどの物が積まれており、その大半は書籍が占めている。
決して広いとは呼べない管理人室の中心には、一人で使うには大きすぎる丸テーブルが一つ置かれていた。
「ああ、お嬢ちゃん3号は、そのまま動く椅子ごとテーブルについてどうぞ」
そんなことを言いながら、物の隙間に消えていった管理人の姿を見て、初めてそこが隣の部屋へと続く扉の名残だと気付く。
丸テーブルの中心には、分厚い本が一冊鎮座しており、その表紙には黒々とした文字で、”早すぎた埋葬”と書かれている。
ちょうどリリアが通れる程度のスペースが開けられた床を進み、誘い込まれるようにテーブルへと着いたリリアは、向かい合わせに腰掛けるキャシーへと声をかけた。
「えっと・・・、これから何が起こるの?」
「すみません。わたしも管理人さんのことは詳しくなくて、ただ・・・・・・」
申し訳なさそうに眉を垂らすキャシーが、チラリと視線を向けた先には、両手のミトンでガッチリと掴んだ大鍋を抱えて歩く管理人の姿があった。
「さあさあ、ご開帳〜」
“早すぎた埋葬”の上に、どかりと置かれた鍋の蓋を勢いよく取り上げると、白い蒸気が視界全体を埋め尽くす。
グツグツと煮えたぎる液面は、今にも溢れそうに鍋の縁を濡らし、真っ赤に染まった具材たちが、湧き上がる気泡に押されて揺れている。
「なんですか、これ・・・・・・ッ!」
無防備にも鍋を覗き込んだキャシーの上半身が、バネに弾かれたように大きく跳ねてのけ反った。
「目・・・目が・・・ぁ」
両目を抑えて悶えるキャシーの姿に、リリアは生唾を呑んで鍋と管理人を見る。
「はははは、お嬢ちゃん2号は大袈裟だなぁ。どれ、オレが取り分けてあげよう」
そう言って管理人が右手に持つお玉を鍋に突き刺すと、ドロリと粘性の高い液体がお玉を追いかけるようにドップリと揺蕩う。
「はいよ。お召し上がりくださいませっと」
ごとりと目の前に置かれた真紅の粘性の物体を前に、箸を握りしめたまま固まったリリアは、いまだ悶えるキャシーと、不敵な笑みを浮かべる管理人と、煮えたぎる鍋を交互に見つめた。
チクリと網膜を刺激する熱気と、グサリと鼻の奥を突き刺す湯気に覚悟を決める。
震える箸先を、赤く染まった何かへと差し出す。
掴み取ったそれを、ゆっくりと口へと運ぶ。
正体不明の赤い物体が、唇に触れる直前、チラリと管理人を見ると、テーブルに両肘をついて口角を歪ませてリリアを見ていた。
両目を固く閉ざし、思い切ってそれを口の中に放り込む。
瞬間。
舌の表面から喉の奥を通って腹の底まで、突き抜けるような衝撃がリリアを襲う。
「ッ––––––!!」
脳天をレンチで強打したような、鳩尾にナイフを突き刺されたような辛味に、味覚と思考が吹き飛ぶ。
テーブルで突っ伏して悶えるリリアの後頭部に、管理人の愉快な声が聞こえてくる。
「いやー。そんなに喜んでもらえて良かった、良かった」
てんで的外れな感想を抱く管理人に、怒りにも似た感情が湧き上がろうとしていた矢先、リリアの吹き飛んだ味覚に、暴力的な辛味の奥から、濃厚な旨みが追いつき追い越していく。
「だ、大丈夫?」
心配そうに覗き込むキャシーに向かって、顔を上げたリリアは、その両目に一杯の涙を溜めながら、僅かに腫れた唇を開く。
「ら、らいじょうぶ。ほれ、へっこうおいひいよ」
「ぜ、全然大丈夫そうに見えませんけど・・・」
顔を引き攣らせたキャシーが、身を捻って席を立つよりも早く、並々と注がれた器がキャシーの目の前に置かれる。
「ほらほらほら、遠慮せずに、お嬢ちゃん2号も、たんと召し上がれ」
「いや、わたしは・・・・・・」
夕暮れの第6寮に、新しい悲鳴がこだまする。
管理人だけが、終始涼しい顔で食卓を囲んでいた。




