第12話 出会い
鞄から面積の大半を占めている装具を引っ張り出して脚に装着する。
ペンダントを二つに分けて首から外す。魔力集積装置には、通常起動で100分程度稼働できる魔力が貯蔵されているが、装具自体の調整がまだ終わっていないので、あまり長時間の起動は難しいだろう。
「音声入力起動、通常起動開始、出力を安定上限の60%で維持」
嵌め込まれたペンダントから魔力が放出され、回路を通じて装具全体へと行き渡っていく。
両足にピリッとした痛みが走り、神経連動が完了する。
バランスを確かめるように、ゆっくりと立ち上がったリリアは、鞄から取り出した布を頭に巻くと、グッと両手を握りしめた。
「よし! やりますか!」
動かせそうな物を部屋の外へと搬出し、一つしかない窓を開けて、隅に放置されていたくたびれた箒で床を掃き、濡らした布でベッドや家具、床を拭いていく。
猫の額ほどしか無い部屋とはいえ、歴史ある汚れを落とすのはなかなかの重労働で、時間があっという間に過ぎ去っていく。
ドタドタと忙しなく動き回るリリアが、よくわからない壺を部屋から運び出した廊下で、緑の視線と鉢あった。
「・・・・・・あ」
「え・・・・・・?」
垂れた眉と、肩の高さで切り揃えられた緑の髪がピョコンと跳ねる。
まさか人に会うと思っていなかったリリアの手から、持っていた壺がスルリと滑り落ちた。
「あっ!?」
「危ない!」
緑髪の少女が叫ぶ。
淀みなく落下して、床に叩きつけられるはずだった壺が、まるで透明なクッションに包み込まれたかのように止まる。
「危なかったですね・・・・・・」
「それッ、アボットハーデンのオリジナル複製品ですよね!?」
「え、ええ。よくわかりましたね・・・・・・」
ぐいっと指輪に顔を近づけるリリアに、半歩身を引いた緑髪の少女の顔が強張る。
「凄いですよね! こんな小さな機構にこれだけ密度の高い回路を搭載できるなんて!」
「は、はあ」
「しかもこれ、制御機構をシェリンガム機構に変更していますよね? オリジナルのアボットハーデンが浸透式なのに、どうして排出式に変更しているんですか?」
緑髪の少女が垂れた眉を、さらに垂らしながら指輪を隠す。
「ごめんなさい。ちょっと、わたしには分からなくて・・・・・・」
顔を上げたリリアがハッとして後ろに飛び退く。
「こ、こちらこそすみません。つい夢中になっちゃって」
ハハハと渇いた笑みを浮かべる少女は、リリアの後ろの部屋をチラリとみると、遠慮がちに提案する。
「あの、部屋の掃除大変ですよね。良ければ手伝いましょうか?」
「え、いいんですか!? あ、でも、私、何もお礼できるような物持ってない・・・・・・ですよ?」
「別にいいですよ。わたしも去年一人で大変でしたから。それにこの寮お風呂壊れているので、暗くなる前に共同浴場に行かないと、お風呂入れなくなりますよ」
緑髪の少女は、人差し指をピンと立てて忠告する。
「それは・・・・・・困りますね」
「でしょ? わたしなんて、去年一人で部屋の片付けをして埃と汗でドロドロなのに、共同浴場に行ったらもう閉まってて、真っ暗な森の中を帰ることになったんですから・・・・・・」
まるで昨日のことのように顔を顰める緑髪の少女の肩に手を乗せる。
「ぜひ、お願いします!」
「では、早速何からお手伝いしましょうか? 荷物の整理? 掃き掃除? それとも拭き掃除?」
リリアのワンピースの下から、ガチャガチャと金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。
関節が固まり、重い金属の質感がズシリとリリアの脚にのしかかる。
「あ、すみません。まずは部屋の中にある車輪の付いた椅子を、持ってきてもらえますか?」
「え? 椅子、ですか?」
「はい、ちょっと足が動かなくなってしまったので」
リリアの言葉を聞いた、緑髪の少女は垂れた目を見開き、口を大きくあける。
「え、どこか悪いんですか!?」
慌てる少女を宥めるように、リリアは笑う。
「あーいえ、小さな頃から足が悪くて、ほとんど動かせないんですよ。あの椅子は、お爺ちゃんが私のために作ってくれた足の代わりです」
「え、でもさっきまで歩いて・・・・・・」
「あ、それはこれです」
リリアはワンピースの裾を捲り上げると、もうほとんど動かなくなった脚を、ガタガタと前に突き出した。
リリアの脚を見た少女の目の色が変わる。
「それは・・・・・・魔道具、ですか?」
「そうです。お爺ちゃんが動力開発と装具の基本設計をして、詳細設計と組み上げは私がしました」
玄関から差し込む光を鏡反射した白銀の装具が、カタカタと揺れる。
「すみません。今年で何回生なんでしたっけ?」
顎に指を当てたリリアは、記憶を掘り起こすように左上に視線を動かす。
「えーと、たしか、10回生への編入だったと思うけど」
「10回生!? わたしと同い年で、こんな魔道具を? そんな、そんなのって」
驚く少女の言葉に、リリアは目を輝かせる。
「え、もしかして私たち、同い年なの!?」
「え、ええ。信じ難いですけど、そうみたいですね」
「え、じゃあ、私たちともだ・・・・・・」
言いかけたリリアの言葉を遮るように、錆びついた声が響く。
「おーい、お嬢さん方ぁ。準備できやしたぜ」
見ると、先ほど玄関先で会ったボサボサ頭の男が、黒いエプロン姿にお玉を持って立っていた。
「え、なんですか!?」
「あー。そういえば、わたしの時もそんな事してましたね」
短く溜息を吐いた緑髪の少女が、ボサボサ男の方へと歩き始める。
「せっかくなんで、部屋の片付けは、食べてからにしましょうか」
振り返る緑髪の少女の耳に、リリアが声を投げる。
「行かないの?」
「椅子・・・・・・取ってきてもらってもいいですか?」
「あ」
耳を赤く染めた少女は、小走りで部屋の中の椅子を取ってくる。
「これでいいですか?」
「ありがとう」
椅子に腰掛けたリリアは、車輪を回しながら少女を見上げる。
「私、リリア。リリア・ボールドウィン」
「わたしは、キャスリーン・オケリーです。キャシーでいいですよ」
リリアが笑い、それにつられたキャシーも笑う。
「よろしく、キャシー」
「よろしくお願いします。リリア」
笑う二人の向かう先で、ボサボサの黒エプロンがお玉で鍋の蓋を叩く。
「おーい、早くしろぉー。冷めちゃうだろー」
車輪を回すリリアがキャシーに問いかける。
「ちなみに、これは何が待ってるの?」
考え込むキャシーは、なんともいえない表情をする。
「うーん。今回が何かは分からないけど・・・・・・。わたしの時は、固形みたいにドロドロなラーメンだったよ」




