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第11話 それはまるで廃墟のようで

 ファンダリア魔法学園の合格発表から1週間。


 怒涛の入学手続きを終えて一息ついたリリアは、曇天の空を見上げていた。


 生活資金が底をついた。


 入学着手金に、1年間の学費の前払い、試験受付から今日までの宿代。


 もろもろ含めると、かなりの金額になった。


 正確には、まだ無一文になったわけではないが、少なくとも王都の宿に泊まる余裕は無くなった。


「あー、第6学生寮なら、格安で使用できますよ」


 できるだけ安い宿泊施設を教えて欲しいとお願いした時の、窓口のお姉さんのなんとも言えない表情を思い出す。


 最初は学園周辺に存在する提携先の下宿から、第1から第5までの学生寮を紹介して貰ったのだが、そのどれもがリリアの予算範囲外だったのだ。


「利用申請出している人、見たことありませんけど・・・・・・」


 窓口に齧り付いて何とか教えてもらった第6学生寮の資料は、他の施設の冊子とは違い触れれば崩れてしまいそうな黄土色の冊子に閉じられていた。


 カサカサになったページの埃を撒き散らしす受付の人は、ページをめくるたびにゴホゴホと咳こんでいた。


 渡された案内図に記されていた場所は、学園の北の端、学園所有の森林地帯のど真ん中だった。


「ちょっとお金高くても、第5学生寮にしておけば良かったかな・・・・・・」


 目の前に広がる森の入り口に、早くも後悔の念が押し寄せる。


 鬱蒼と伸びた枝葉は、曇天の太陽を全て受け止め暗い。


 草の生い茂る地面には、僅かに道らしきものが残されているが、それも大量の落ち葉で埋もれている。


 意を決して進み始めたリリアの車輪がずぶりと沈む。


「んっ」


 お腹に力を強引に力を込めると、思ったより軽く車輪は回り始める。


「なんっとか、なるっ、かな?」


 何度も振り返りたい衝動に駆られながら、料金10分の1という格安条件で心を奮い立たせる。


 昼間とは思えないほど薄暗い森の中は、痛いほどの静寂に包まれていた。


 ジメジメとした湿度と、濃い緑の匂いが鼻の奥に絡みつき、回る車輪に巻き上げられた土がリリアの手のひらを汚していく。


 時折聞こえてくる鳥の羽音や枝の折れる音に、体がびくんと跳ねる。


 地図を渡された時から嫌な予感はしていたのだが、学生寮への道のりがまさかこんなに悪いとは思っていなかった。


 思いたくなかった。


 今なら、受付の人が苦い顔をした理由も、誰も申請しなかった理由も何となく察しがつく。


 貴族の子息ならこんな場所絶対に利用しないし、なんなら平民の子供でもこんな場所願い下げだ。


 それでも、この森を抜けた先に、真っ当な建物があると信じて、暗い森の中をがむしゃらに進む。


♢♢♢♢♢♢


 どれくらいの時間車輪を回していただろう。


 手は土で滑り、腕の筋肉は疲労で痛み始めている。


 額を滴る汗が目に染みる。首筋に張り付く銀髪が心地悪い。


 もはや前をろくに確認することもなく、黙々と車輪を回し続けるリリアの視界に、ふと光が差し込んでくる。


 ハッして顔を上げると、大きく切り開かれた広場に、雲の切れ間から太陽の光が降り注いでいた。


「やっとついた!」


 自然と車輪を回す手が速くなる。


 たまに空回りして滑る車輪のことなど気にせず回し続ける。


「やっと、やっと着いた。これで・・・・・・」


 かなり近づいてきたリリアの視界に飛び込んできたそれは、ほとんど緑の塊だった。


 正確にはかなり手前から視界には入っていたのだが、それを人工物だと認識するのに時間がかかってしまった。


 近くまで寄って初めて認識できる程度に蔦に覆われた外壁は、ところどころ当初の石積みが顔を覗かせている。


 リリアの目線よりも高く伸びた草が風に揺れている。


「なに、あれ」


 よく見ると一部分だけ草の生えていない場所があり、グネグネと建物まで続いているようだった。


「行くしかない、よね」


 草の道に沿って進む。


 たまに顔にかかる蜘蛛の巣を手で払う。


 建物の前まで辿り着き見上げると、蔦と苔に覆われた隙間から、“第6学生寮”の看板が見えた。


「やっぱり・・・・・・ここで合ってたんだ。あまり信じたくはないけど」


 リリアの正面には、比較的蔦の絡まっていない扉と思しき物が鎮座していた。


「すーっ、はーっ・・・・・・。よし!」


 大きく深呼吸をして扉を押す–––が、びくともしない。


「ひょっとして」


 試しに少し手前に引いて見ると、大きな木製の扉は軋みながら開いた。


「やっぱりこれ、外開きだ・・・・・・」


 小さく溜息を吐いたリリアは、椅子を反対側の扉の前につけると、僅かに開いた扉の隙間へと手を差し込む。


「んんんんんッ」


 力一杯開く扉が急に軽くなった。


「んんんんん?」


「どうもお嬢ちゃん3号。部屋は2階......じゃあ都合が悪そうだな」


 開いた扉から生えてきたチリチリボサボサの黒髪と、くたびれた顔がリリアと椅子を交互に見てくる。


「それじゃあ、1階の奥の部屋を使ってくれ、日当たりと風通しは悪いが、いい部屋だよ」


 背中に回り込んだ男は、そのままリリアを玄関の中に押し込み、膝の上にドサドサと物を置き始めた。


「えーと、これが部屋の鍵と契約書。それからこれは寮の規則と・・・・・・」


「あ、あのッ」


「困ったことがあったら、俺が空いてる時間に声をかけてね。じゃ」


 リリアの言葉になど全く耳を貸さない男は、取りつく島もなく去って行ってしまった。


 ポツンと取り残されたリリアは、軋む廊下を奥へと進み始める。


 外観に比べて小綺麗な内部は、劣化や汚れこそあれ、たちまち使用に問題があるわけではなさそうだった。


「奥の部屋ってここかな?」


 試しに鍵を差し込み捻ってみると、カチャリと軽い音が鳴った。


 ドアノブに手を掛け奥へと押し込む。


 ギイギイと開いた扉の向こう側は、物と埃とカビに溢れた世界だった。


「ああ、あと、掃除してないから、少し埃とカビとゴミがあるかもだ」


 背後から聞こえる男の声にリリアは首を捻る。


「少し?」

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